指導者暗殺で戦争は終わるのか——イラクからイランへ、精密攻撃の幻想

執筆者:高木耕一郎 2026年4月7日
指導者の殺害という戦術的成功と、戦争における勝利という戦略的帰結との間には、なお大きな断絶が存在する[破壊されたアリ・ハメネイ師の邸宅=2026年3月1日、イラン・テヘラン](C)2026 Vantor / AFP=時事
2003年、イラク戦争を戦う米軍はサダム・フセインの居場所を誤認し、殺害の「絶好の機会」を空振りした。今回は違う。米軍は初動でアリ・ハメネイ最高指導者らを殺害、かつての失敗を繰り返さなかった。しかし、いままさにその成功が、別の問題を浮かび上がらせている。迅速な指導者暗殺で敵を「麻痺」させることは、本当に政権の崩壊へと連鎖するのか。情報通信技術に基づく精密攻撃の効果は、本当に戦略的帰結へと波及するのか。問われているのは、戦争という現象そのものを制御できるとする前提の妥当性だ。

 敵の指導者を殺せば、戦争は終わるのか。

 アメリカは2003年、イラクでそれを試みた。そして2026年、イランでも同じ構図が現れた。精密攻撃は確かに成功した。しかし、それは戦争そのものを終わらせたのだろうか。

 精密誘導兵器と情報通信技術の進歩により、現代戦争はかつてなく正確になった。敵を特定し、即座に打撃を加えることも可能である。だが、その精密さは、戦争そのものを制御可能にしたのだろうか。本稿は、精密攻撃に託された期待と、その背後にある「制御幻想」の構造を明らかにする。

指導者斬首という誘惑――2003年3月19日の決断

 敵の指導者を一撃で排除すれば、戦争は終わる。攻撃側にとって魅力的なこの発想は、歴史上何度も繰り返し現れてきた。

 2003年3月19日、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、ドナルド・ラムズフェルド国防長官からの突然の電話を受けた。「話し合いたい重大な問題がある」という。午後3時40分、オーバル・オフィス(ホワイトハウスの大統領執務室)に、ディック・チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、コンドリーザ・ライス大統領補佐官、リチャード・マイヤーズ統合参謀本部議長、そしてジョージ・テネットCIA(米中央情報局)長官らが集まった。

「大統領」テネットCIA長官が言った。「サダム・フセインを殺す絶好の機会です」。

 CIAは、フセイン大統領がバグダッド郊外のドーラ牧場農場に向かっているという情報をつかんでいた。フセインが滞在すると思われる家屋のおおよその位置や、予想到着時刻、さらには彼が白い車に乗っていることまでわかっていた。

 事前の計画では、イラクへの侵攻開始は3月21日午後9時に設定されていた。前倒しして攻撃を開始すべきかどうか、ブッシュは決断をためらった。「もし情報が間違っていたら。サダム・フセインではなく、バスに乗った児童だったら」。しかし同時に、別の考えが浮かんできた。「独裁者を殺せば、戦争はすぐに終わり、多くの人命が救われる。そういう機会をつかむのは、自分の責任だ」。

 午後6時半過ぎ、ブッシュ大統領は「ゴーサイン」を下した。米国東部標準時の午後9時15分ごろから、首都バグダッドを含むイラク上空での空爆が始まった。米海軍はペルシア湾と紅海に所在する複数の艦艇から40発の巡航ミサイルを発射し、F-117Aステルス機が精密爆撃を行った。ドーラ牧場は事前の調査によりミサイルが貫通しない地下壕がある可能性があったため、F-117攻撃機は重爆弾の使用を選択した。

 午後10時16分から、ブッシュ大統領は4分間の国民向け演説を行い、「この攻撃はイラクの大量破壊兵器の武装を解除し、イラク国民を解放するための大規模な努力の始まり」だと述べた。しかし、米国政府は、その日の攻撃が「イラク指導部に到達したかどうか不明」であると発表した。

 後日、CIAの情報は誤りであり、米軍はフセイン大統領の殺害に失敗したことが明らかとなった。続いて、バグダッド北西160キロメートルに所在するフセインの故郷ティクリート近くにある広大なサルタール宮殿群にフセインが逃げ込んだとの情報がもたらされた。この情報に基づき、3月21日深夜、米軍は再び精密攻撃を行った。しかし、この情報も誤りであり、フセインの殺害は成功しなかった。

 イラクでの戦争の可能性を考慮し、米軍は開戦の数年前から衛星写真、亡命者からの情報、傍受した通信情報などを利用し、数千カ所の潜在的な標的をリストアップしていた。そして、数百人の標的専門家がこのデータに目を通して分析を行っていた。ミサイルは、レーダーや対空砲火を避けるために低空飛行することから、ミサイルが通過するルート全体を調査し、新たに建築された建物や障害物が邪魔にならないかどうか確認が行われていた。

 これほどの情報と分析にもかかわらず、米軍はフセインの詳細な所在をつかむことに失敗し、精密攻撃により殺害することはできなかった。フセインは、2003年12月13日に米軍に発見されるまで、逃亡者となり潜伏を続けた。

 この失敗は単なる情報の誤りではない。むしろ、精密攻撃と情報優位によって敵指導部を「麻痺」させうるという発想が、いかなる前提に依存しているのかを示している。すなわち、敵の所在は正確に把握され、攻撃は確実に到達し、その効果は即座に作用し、さらにそれが政権全体の崩壊へと連鎖する、という一連の前提である。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
高木耕一郎(たかぎこういちろう) ハドソン研究所研究員、陸上自衛隊1等陸佐・東北方面情報隊長 1978年生まれ。北海道大学工学部卒、北海道大学大学院工学研究科修了後、2004年陸上自衛隊入隊。バージニア大学公共政策学部修了。防衛省統合幕僚監部防衛班長、東北方面総監部情報課長などを経て現職。最近の著作は、“Is the PLA Overestimating the Potential of Artificial Intelligence?” Joint Force Quarterly 116, no. 1 (2025); “Cognitive Centric Warfare: Modelling Indirect Approach in Future Warfare.” Journal of Information Warfare 23, no. 2 (2024); “Xi Jinping’s Vision for Artificial Intelligence in the PLA”, The Diplomat (November 16, 2022); “Future of China’s Cognitive Warfare: Lessons From the War in Ukraine”, War on the Rocks (July 22, 2022); “New Tech, New Concepts: China’s Plans for AI and Cognitive Warfare”, War on the Rocks (April 13, 2022)など。
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