ウクライナ讃歌
ウクライナ讃歌 (27)

第5部 再起する日常(5) 西部からの経済再建

執筆者:国末憲人 2026年2月25日
タグ: ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
毎朝9時、リヴィウの市民はサイレンの合図とともに全員1分間の黙祷を捧げる(筆者撮影)
ウクライナ西部の中心都市、リヴィウに戦火の影は普段あまり感じられない。他地域から攻撃を避けて移転してきた企業も多く、経済は戦争前より活況ですらあるという。しかし、実は前線で戦う兵士のかなりの割合を、西部出身者が占めている。歴史的経緯からロシアへの親近感が薄く、一方でウクライナ語とウクライナ文化への思い入れ、さらには愛国心も強いからだ。それだけ、軍への志願者も多く、戦死者も増えることになる。市長のアンドリー・サドヴィーは、リヴィウは全国から負傷兵を受け入れる医療拠点だと強調した。最大の課題は病床不足で、市立病院に新設される外科病棟の計画には日本もかかわっている。【現地レポート】

 全土が戦時下にあるとはいえ、日本の1.6倍にあたる広大な面積を持つウクライナでは、地方によって置かれた状況も、抱える課題も異なる。前線に近く日々攻撃にさらされる北東部ハルキウや東部のドネツク州、ミサイルやドローンに狙われがちな首都キーウや南部オデッサなどに比べ、西部の諸都市は攻撃を受ける頻度が比較的少ない。もちろん「安全」とは言いがたく、時に攻撃の標的となって死者も出るが、一方で主な攻撃拠点のロシア本土からは距離があり、警報やアプリを通じて攻撃に関する情報を把握さえすれば、着弾する前に避難も可能だと考えられている。

 ウクライナで普及している警報サービスの発令回数集計によると、2022年2月の全面侵攻から2026年2月24日までで、最も多いハルキウ州には7708回、次のザポリージャ州には7238回の警報が出されていた。オデッサ州は2859回、首都キーウ市内は2050回だが、西部のリヴィウ州は823回、最西端のザカルパッチャ州は712回と、大幅に減る。また、メディアでの爆発報告回数も、ヘルソン州が4573回に達したのに対し、リヴィウ州は112回にとどまった1

 空路を閉ざされ、人流も物流も陸路に頼るウクライナにとって、入り口にあたる西部の中心都市リヴィウは、欧米からの人々や物資が集まる中継地である。国外の企業や団体が拠点を構えるとともに、ウクライナ国内の他の地方から戦火を逃れる場合の行き先にもなっているという。その街を2025年9月に訪ねた。

午前9時の沈黙

 ウクライナでは2022年の全面侵攻を受けて、多数の市民が国外に逃れたため、激しい人口減に見舞われた街が少なくない。その中で、珍しく人口を増やしているのがリヴィウである。本来の人口は70万人あまりで国内6~7番目あたりの都市だが、侵攻以降は国内第2の150万都市ハルキウから15万人が移るなど、避難民や移住者が急増した。2025年現在の人口は100万人に及び、国内第3の街オデッサに匹敵する。企業も、約280社が新たにリヴィウに拠点を定め、そのうち約60社がハルキウからである2

 活況の背景にあるのは、ウクライナ東部や北部に比べ比較的安全であるのに加え、ポーランド国境まで約60キロに過ぎず、支援物資の多くがここを経由することである。ウクライナとポーランドとでは線路幅が異なるが、国境からリヴィウまでポーランドの標準軌レールを敷設し、欧州からリヴィウまで直通運転の列車を走らせる計画も進んでいる3。同じ国境近くでも、ロシアから30キロあまりのハルキウとは根本的に事情が異なる。

 前回この街を訪れたのは、全面侵攻からまだ1年が経たない2022年12月だった。24日クリスマスイブの夜で、キーウに向かう途中で1泊しただけだったが、街は停電で真っ暗だった。その少し前から、ロシア軍は発電所や変電所を集中して攻撃するようになっていたからだが、それでも市民は携帯の明かりを頼りに、凍える寒さの広場で談笑し、街頭コンサートを楽しんでいた。

 それからすでに3年近くが経った街は、

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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