欧州防衛の不可欠な柱になるウクライナ

執筆者:鶴岡路人 2026年2月13日
タグ: EU NATO ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
ウクライナを「支援を受ける存在」として捉えるだけでは、欧州の大きな変化を見落とすことに[マーク・ルッテNATO事務総長との会談後、会見したゼレンスキー大統領=2026年2月3日、ウクライナ・キーウ](C)AFP=時事
欧州諸国およびEUのウクライナ支援は、日本円で総額約35兆円にのぼっている。これが欧州にとって負担であるのは事実だ。一方で、ロシアとの戦闘経験を有するウクライナの存在が、欧州防衛の不可欠な柱になりつつあることも見逃がせない。ウクライナは欧州にとっての「資産」だともいえるのである。特に、欧州諸国が米国やNATOによる欧州防衛を超えた「プランB」を考えるのならば、ウクライナなしにロシアに対峙するのは不可能に近い。ロシアによる全面侵攻が始まった2022年には考えられなかった欧州の新しい現実だ。

 2022年2月にロシアによるウクライナ全面侵攻がはじまってから、欧州とウクライナの関係は、一貫して欧州による「ウクライナ支援」として理解されてきた。それ自体は実態にも合致していた。欧州および米国の支援がなければ、ウクライナはロシア相手に抵抗を続けることはできなかった。そして、ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟が議論されるときには、ロシアと敵対するウクライナを迎え入れることのリスクが強調されてきた。いわば「荷物」としてのウクライナだ。

 しかし、ロシアがウクライナに対してのみならず、バルト諸国やポーランドといった、ロシアと国境を接する隣国にとっての主要な脅威だとすれば、ウクライナの位置付けは変わってくる。ウクライナ軍は、今日のロシア軍と実際に戦った経験を有する唯一の欧州の軍である。「欧州最強」と呼ばれるゆえんだ。そのようなウクライナの存在が、将来の欧州防衛において重要な存在になることは想像に難くない。欧州にとっての「資産(アセット)」としてのウクライナだ。

 以下では、ウクライナが有するこうした2つの側面をあらためて概観したうえで、「資産」としての側面がより拡大しつつあることを指摘し、そのことが欧州防衛に対して有する意味を検証していこう。

「荷物」としてのウクライナ

 荷物としてのウクライナという位置付けは、ロシアによる全面侵攻以前からだった。ウクライナは、EU(欧州連合)加盟が予定される仲間というよりは「よそ者」であり、人身売買を含む組織犯罪といったウクライナに蔓延る問題の悪影響をいかに抑えられるかが、本音の部分では欧州の最大の課題だった。

 それが変化し始める転機は、ロシアによる全面侵攻だったが、それでも当初はウクライナが持ちこたえられるとは考えられていなかった。欧州による支援は、人道主義的な連帯からくる緊急支援という様相が強かったのである。しかしその後、ウクライナ軍がロシアに対して抵抗する意思と能力を示すことで、米欧諸国は次第に本気の支援に切り替えていく。

 ただし、これはあくまでも支援であり、支援にはコストがかかる。つまり負担なのである。2022年からの欧州諸国およびEUのウクライナ支援の総額(実施分)は、日本円で約35兆円にのぼる。金額としては巨大であり、他国からこの規模の支援を受けられる国はほとんど存在しない。さらに、たとえ戦争が何らかの形で終わったとしても、ロシアに対する抑止・防衛態勢の維持や復興などで、当面は巨額の資金が必要になる。

 加えて、ウクライナがNATOに加盟した場合には、ロシアとの間で戦いになる可能性が高まると議論されてきた。ロシアとウクライナの戦争にNATOが「巻き込まれる」ことへの懸念である。ロシアとの直接の戦争を回避したいNATO諸国は、ウクライナをNATOに受け入れることを大きなリスクと考えてきたのである。

「資産」としてのウクライナ

 今後とも、欧州によるウクライナ支援が必要であり続けるであろうことは変わらないし、ロシアによる次の侵攻があるとすれば、現在のNATO諸国よりウクライナが再び標的になる可能性の方が高いであろうことも、現実問題としては変わらないだろう。その意味で、欧州にとってのウクライナの位置付けとして、荷物の要素がなくなることは考えにくい。しかしそのことは、ウクライナに資産としての要素がないことを意味しない。そして、この資産の部分は拡大しているようにみえる。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
鶴岡路人(つるおかみちと) 慶應義塾大学総合政策学部教授、戦略構想センター・副センター長 1975年東京生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障など。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院法学研究科、米ジョージタウン大学を経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、米ジャーマン・マーシャル基金(GMF)研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、防衛省防衛政策局国際政策課部員、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)、『模索するNATO 米欧同盟の実像 』(千倉書房、2024年)、『はじめての戦争と平和』(ちくまプリマ―新書、2024年)など。
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