キャッチボールがしたくなる
野球の魂を教えてくれる1冊 
評者:豊﨑由美(書評家)

 アメリカにはフィリップ・ロスの『素晴らしいアメリカ野球』がある。日本には高橋源一郎の『優雅で感傷的な日本野球』がある。そして韓国には、その2作よりも素晴らしくて優雅で感傷的な、パク・ミンギュの『三美(サンミ)スーパースターズ 最後のファンクラブ』がある!

『三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』 パク・ミンギュ 斎藤真理子訳  晶文社/2160円

 物語のスタートラインは、韓国にプロ野球が誕生した1982年。12歳の〈僕〉と親友ソンフンは、地元・仁川(イン チョン)のチーム「三美スーパースターズ」のファンクラブに入会し、開幕を心待ちにしている。ところが蓋をあけてみたら、愛するチームはとんでもなく弱かったのだ。たった3年6カ月で身売りされ、ホームの仁川を去ることになる三美が打ち立てた負の記録が、3ページ半にわたって記載されているのだけれど、たしかにひどい。野球好きが見たら笑っちゃうくらい、ひどいのである。

 超弱小チームを応援することになってしまった少年の気持ちの浮き沈みを描いたこの第1章は、コミックノベルもかくやとばかりに可笑しいのだけれど、物語の表舞台から三美スーパースターズが消える第2章で、語り口は湿り気を帯びていく。一流大学に進学した〈僕〉が恋に落ちるからだ。青春小説と恋愛小説の読みごたえを備えたこの章を経て、物語は、一流企業に勤めながらもリストラの嵐に怯え、猛烈に働いた挙げ句、妻から三行半を突きつけられた1998年の〈僕〉の話へと移行する。

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