タイ「高速鉄道着工」で垣間見える中国「一帯一路」の野望
2018年2月16日
昨年12月21日午後、東北タイ最大の都市で知られるコーラート(ナコーンラーチャシーマー)において、タイと中国の合作による高速鉄道建設第1期工事の起工式が行われた。
コーラートは、北に向かってラオス中央部から西北部を経ると雲南であり、ヴェトナム北部を経て東に進むとトンキン湾だ。東に向かうとラオスの東南部を抜けてヴェトナム中央部から南シナ海へ――まさに東北タイの要衝である。であればこそ、タイで最初にバンコク・コーラート間に鉄道が敷設されたということだろう。タイの近代化を推し進めた5世チュラロンコーン大王の治世下の1896(明治29)年であった。
この年、バンコクからラオスを経てヴェトナム北部に向かった明治・大正期の海外事業家である岩本千綱は、著書『シャム・ラオス・安南 三国探検実記』(中公文庫 1989年)に、多くの中国人労働者に加え日本人が劣悪な環境のなかで同鉄道建設に従事していたことを記している。さらに、コーラートについて「戸数四千余、人口殆ど四万に近」く、その半数を占める華僑は「諸物産の問屋」であり、周辺で「象、虎豹、水牛、普通牛の諸皮およびその牙、角、骨並びに米、樹脂、唐木類を買集め」、それらをバンコクに転売していたと綴っている。いわばコーラートは華僑(中国人)にとっても因縁の深い街なのだ。
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