連載小説 Δ(デルタ)(45)

執筆者:杉山隆男2018年2月24日
沖縄県・尖閣諸島の魚釣島と北小島、南小島 (C)時事

 

【前回までのあらすじ】

乗っ取られた巡視船「うおつり」では市川が孤軍奮闘を続け、東京・永田町の首相官邸では、緒方総理を中心に様々な動きが繰り広げられている。そんな中、センカクへと向かうデルタ29名の精鋭は、いよいよ護衛艦「かが」を出発しようとしていた。

 

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 鉄扉を開けてヘリ空母「かが」の飛行甲板に出た磯部は、自分がオペラの舞台上に躍り出たかのような錯覚にとらわれた。サーチライトに明るく照らし出された甲板の左舷側にUH60が4機縦列でならび、すでにエンジンを始動させて発艦準備を整えつつある。

 唸りをあげて回転するローター音は、ワーグナーの「タンホイザー序曲」さながら、高低と強弱を繰り返しながらしだいにクライマックスへと昂まっていく弦の重層的な響きを思わせる。中腰の姿勢でヘリに向かって走っていくとき、ふとうしろを振りかえると、艦橋のアイランドが黒ぐろとしたシルエットをしたがえてそびえ立ち、それは舞台の背景を形づくる壮大なセットのようであった。

 デルタの兵士29名が搭乗し終わり、スライドドアがロックされると、通称ロクマルはローターの回転数を限界いっぱいまで引き上げた。4機の長い回転翼がいっせいに空気をかきむしる爆音は最高潮に達し、甲板で作業をしている隊員たちは腹を蹴りつけるような衝撃をともなったあまりの大音量にヘッドセットをさらに両手でふさいでいた。いまや飛翔へのパワーをみなぎらせたロクマルは、飛び立ちたい一心の自分を抑えきれないかのように全身を身震いさせて、すでに車輪が甲板からわずかに浮き気味になっている。

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