14年ぶりの気負いは無用
年輪を経てこそ輝く傑作
私立探偵・沢崎(さわざき)が帰ってきた!
というわけで、原尞14年ぶりの新作『それまでの明日』がついに出た。キャリア30年で、長篇は本書がわずかに5冊目(短篇集1冊を含め、原尞の小説作品はすべてこの沢崎シリーズに属する)。ミステリ界にその名を轟かす人気作家とも思えない、驚くべき寡作ぶりだが、著者が心酔するレイモンド・チャンドラーも生涯で7作しか長篇を完成させていないので、むしろ、孤高のハードボイルド作家らしいと言うべきか。
といっても、そこは原尞。本書には“14年ぶり”の気負いも、国産ハードボイルド最高峰の衒(てら)いもない。磨き抜かれた文章はしっくりなじみ、ごく自然に物語に入っていける。
時は2010年秋(推定)。沢崎が営む西新宿の探偵事務所に、50代半ばとおぼしき“まぎれもない紳士”がやってくる。沢崎いわく、
〈“彼は依頼人ではないな”というのが、私の第一印象だった。私より年長であり、私より収入も多く、世の中のあらゆることに私より優れた能力を発揮できそうだった〉
記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。