原 尞『それまでの明日』

評者:大森 望(翻訳家・評論家)

2018年4月1日

14年ぶりの気負いは無用
年輪を経てこそ輝く傑作

原 尞『それまでの明日』 早川書房/1944円 はら・りょう 1946年佐賀県生まれ。九州大学卒。88年にハードボイルド長篇『そして夜は甦る』でデビュー。翌年、第2作の『私が殺した少女』で直木賞を受賞。

 私立探偵・沢崎(さわざき)が帰ってきた!

 というわけで、原尞14年ぶりの新作『それまでの明日』がついに出た。キャリア30年で、長篇は本書がわずかに5冊目(短篇集1冊を含め、原尞の小説作品はすべてこの沢崎シリーズに属する)。ミステリ界にその名を轟かす人気作家とも思えない、驚くべき寡作ぶりだが、著者が心酔するレイモンド・チャンドラーも生涯で7作しか長篇を完成させていないので、むしろ、孤高のハードボイルド作家らしいと言うべきか。

 といっても、そこは原尞。本書には“14年ぶり”の気負いも、国産ハードボイルド最高峰の衒(てら)いもない。磨き抜かれた文章はしっくりなじみ、ごく自然に物語に入っていける。

 時は2010年秋(推定)。沢崎が営む西新宿の探偵事務所に、50代半ばとおぼしき“まぎれもない紳士”がやってくる。沢崎いわく、
 〈“彼は依頼人ではないな”というのが、私の第一印象だった。私より年長であり、私より収入も多く、世の中のあらゆることに私より優れた能力を発揮できそうだった〉

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