不可解な誘拐事件だった。 イランで昨年十月誘拐され、今年六月、八カ月ぶりに解放された横浜国立大四年、中村聡志さんの事件である。 日本の報道では、事件を起こした武装集団は「シャハバフシュ」という麻薬密輸組織で、中村さんの身柄と引き替えに、当局に拘束された仲間数人の釈放を要求したと伝えられていた。 中村さん解放にあたって、イラン政府側は犯人側からの要求には「一切応じず、金銭も支払っていない」と説明した。だが、武装集団が無条件で要求を取り下げることがあるのだろうか。 また、解放後首都テヘランで記者会見した中村さんは、報道陣の質問が解放の経緯に及ぶと、「内容に触れる部分は答えを差し控えたい」と拒否し、拘束中の生活についても「詳細なコメントは控えたい」と口をつぐんだ。 単純な麻薬密輸組織の犯行であれば、外交・安保上の問題は考えにくい。表面化して困る、とはどんな事実なのだろうか。 イラン政府報道官によれば、武装集団は昨年十月、イラン南東部ケルマン州の古都バム付近で旅行中の中村さんを拉致した後、間もなくイランを出て東のパキスタンに移動した。昨年十二月ごろには、彼はイランと国境を接するパキスタン南西部バルチスタン州の集落にある武装集団の隠れ家で拘束されていたようだ。彼はそこから、武装集団の衛星電話を使って、大阪府豊中市の実家に電話したという。

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