日韓和解に尽力「金鍾泌元首相」の「遺言」

執筆者:西川恵2018年7月18日
小渕恵三元首相(右から2人目)主催の晩さん会で歓談する韓国の金鍾泌首相(右から3人目)ら。左は熱唱する小林幸子さん (C)時事
 

 韓国元首相の金鍾泌(キム・ジョンピル)氏(享年92)が6月23日、老衰のため死去した。同氏は2017年12月、「『金鍾泌証言録』日本語版」(新潮社)を日本で出版。朋友の中曽根康弘元首相も出席した出版報告会に、金氏は体調もあって来日できなかった。この時寄せた「韓国と日本は過去を乗り越え、未来志向の姿勢に転換することが求められている」とのメッセージが、両国への遺言となった。

矢継ぎ早の対日政策

 金鍾泌氏は朴正熙(パク・チョンヒ)政権下で韓国中央情報部(KCIA、現在の国家情報院)の初代部長(1961~63年)を務めた。一時は「不正蓄財」で政界を追われ、また大統領選挙では自身は保守派ながら左派の金大中(キム・デジュン)・元大統領と組むなど、秘密主義、不正、裏切りのイメージが付きまとった。

 このため日本でも、同氏の印象はもう1つ明瞭でないが、知日派として日韓関係に果たした役割は正当に評価されてしかるべきだろう。同氏の死去に、中曽根元首相は「日韓両国の友好と発展のために多大なる尽力をされた。長年の友人を失うことは誠に寂しい限りだ」との談話を発表した。

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