まことの弱法師(29)

執筆者:徳岡孝夫2018年9月8日

「北野中学に転入学ですか、それはちょっと……」校長は即答を避けた。入るのさえ難しい北野(学制改革で北野高校になっていた)に途中から入りたいというのがまず無理である。だが祖母は「見どころのある子です。なんとかなりませんか」と押した。校長は「うーん、ひとつだけ道がある。北野高校の定時制に入ることです。全日制と同じ先生が教えているのだし、大学入試にも強いです」

 こうして磯村君は生野区の無名の中学から北野高校に移り、大阪市大へと進んだと思う。だとしたら私は全日制、磯村君は定時制だが、祖母は頓着しなかった。もちろん彼がやがて大阪市長になるとは当時誰も想像しなかった。

 アメリカ文化センターのオフィスから出てきた磯村君は私を見て驚き、私も驚いた。不思議な縁である。

 その後しばらくして文化センターで再会した磯村君は「俺、朝子と結婚したよ」と打ちあけた。幼稚園と返し忘れたポアンカレが結んだ縁に私は驚く他なかった。私が留学中、妻は長居の府営住宅の4階に住み新生児を育てている。磯村夫婦は我孫子の市営住宅3階で、これも長男を少し早く得て育てている。朝子さんは何度も我が家に立ち寄って妻にあれこれアドバイスしてくれたらしい。2組の夫婦は前後して育児を教え教えられる仲だった。

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