灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(10)

執筆者:佐野美和2018年9月24日
まだ髷を結っていた頃の藤原あき。正確な撮影年は不詳。この後、あきは波瀾万丈の人生を送ることになる(自伝『雨だれのうた』(酣燈社)より)

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「三井銀行の中で一番頑固な男のところへ嫁に行かないか?」

 中上川あきの姉・艶は、父・彦次郎からこんな言葉をかけられて見合いをした。

 相手は池田成彬といい、慶應義塾からアメリカに留学、彦次郎が三井に入社させた改革要因の1人で銀行の営業本部長として活躍していた。

 山形県米沢市出身の寡黙な男だが、のちの大蔵大臣、日本銀行総裁になる人物だ。将来有望な部下を実の娘と結婚させるという彦次郎の策略だったが、思いのほか2人はうまく行き立派な家庭を築いている。

 永田町の中上川の実家に久しぶりに顔を見せた艶は、ふくれっ面のあきを見て、

「あなた、だいぶんすねているようね。私もお父様の言われた通り嫁ぎましたけどね。不満はひとつもないといったらうそになるけど、結婚は悪いものではないわ」

 と、一緒に暮らしていた娘時代よりもふっくらと美しくなった顔で言う。

 あきは重い口を開く。

「私にはわかるの、次郎吉兄さんが今度お嫁さんをもらうから、周りから綺麗綺麗と言われる私みたいなのが家にいると邪魔なのよ」

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