灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(12)

執筆者:佐野美和2018年10月8日
まだ髷を結っていた頃の藤原あき。正確な撮影年は不詳。この後、あきは波瀾万丈の人生を送ることになる(自伝『雨だれのうた』(酣燈社)より)

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「いいこと。贔屓の役者さんのお芝居に行った際は、相手から見つめられることもあるのですから、めいっぱい綺麗にして行くのですよ」

 あきは芦屋の名流夫人で構成される「阪神なのりそ会」の先輩夫人からこう教わった。

 あきはその通りだと、深くうなずく。先輩の夫人に教わらなくとも、それは少女の頃から実行している。

 贔屓の、橘屋・第15代市村羽左衛門は、舞台からは豆粒ほどにしか見えない観客の中から、新調した着物をまとう自分を見つけてくれるであろうという思い入れであきは観劇していた。

 その余韻を焼き付けた時の、良人との夜の営みは悪いものではなかった。しっかりと目を閉じて、今自分が抱かれているのは橘屋の羽左衛門なのだと妄想する。

 人妻であるゆえ、当時は他の男性と不貞をはたらいた場合「姦通罪」で処罰される。しかし、あきの頭の中での妄想は誰にも咎められることはない。誰にも邪魔されることのない自由な世界だ。

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