ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子については、急激に台頭した2015年ごろから、その「衝動的」な性格に外国の諜報機関から公然と疑義が呈せられていた。それを払拭するためのPR戦略が大々的に駆使されて、矢継ぎ早にムハンマド皇太子を「若き名君」「大胆な改革者」とする情報発信が行われ続け、実態が見えにくくなっていた。

しかしムハンマド皇太子が次々と打ち出す内政・外交の政策の現実性・実現能力に、あからさまに疑問符がついたのは、2018年夏のサウジアラビアの2つの政策転換によってだった。正確に言えば「政策転換の転換」、すなわち、ムハンマド皇太子の手腕によって断行すると大々的に発表された、あるいは濃厚にほのめかされていた2つの政策転換の撤回、従来路線への回帰だった。

1つ目はサウジアラムコIPO(株式公開)の棚上げである。2つ目はパレスチナ問題で従来路線への回帰である。この2つはいずれも欧米、特に米国でのムハンマド皇太子への強い期待と支持を支える根拠となっていた。

サウジアラムコのIPOは、実現すれば米国や英国の株式取引所や金融機関・会計・法律事務所などに莫大な利益をもたらすと期待され、そこから皇太子に追従・忖度するような動きが各方面で生まれた。しかしサウジアラムコのIPOが8月に棚上げされたことで、ムハンマド皇太子への期待や遠慮は、欧米では大幅に減じられたものと考えられる。ムハンマド皇太子に関する態度はこれまでより厳しくなっていくだろう。

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