まことの弱法師(37)

執筆者:徳岡孝夫2019年4月21日

 大森さんは支局員2人と私を率いパーク・ビルへ歩いていった。車を停めるのが専門のビルで、当時の日本にはまだなかった。

 ビルの入り口で大森さんはヘーイと女の子の名を呼ぶと駐車カードと一緒に窓口から手を差し入れ、女の子の手をギュッと握った。

「オー、ミスター・オモリ」と答えた女の子はニッコリ笑って手を握らせている。と同時に大森氏はビュッと口笛を吹いた。黒人の配車係がせわしなく動いて大森氏の車が真っ先に出てきた。その間、女の子はずっと手を握らせたままである。我々を車に乗せて走り出した大森氏に「凄いカオですね」と冷やかすと大森氏は平然と「チップやったるさかいな」と答えた。

 クリスマス前の町は混んでいた。私たち4人の隣のテーブルにアメリカ人のカップルが座っていて女のほうが話しかけてきた。話す相手は明らかに大森氏だが彼は「徳岡、適当にあしろうとけ」と言って、自分は会話に入らない。夫婦か恋人同士か不明だが、私は会話を引き受け話を繋いだ。男女のうち女性は食事が終わって席を立つ時「私が本当に話したかったのはあなたではなく、あのアバタ面の男だったのよ」と言った。パーク・ビルでも日本レストランでも、大森氏には不思議な魅力があったらしい。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。