(1)東ベルリンにて

 本書『ヒトラーとは何か』(赤羽龍夫訳、草思社、1979年刊)の作者セバスチャン・ハフナーについては、忘れ難い思い出がある。1961年秋から64年秋まで「ベルリン自由大学」に留学していた私は、現代史研究のオットー・ズーア研究所に籍を置いたが、「壁」で分断されていたベルリンの東西間検問所であるチェックポイント・チャーリーを通って頻繁に東ベルリンに入った。研究所での講義中やセミナーよりも、ワルター・ウルブリヒト率いる「ドイツ社会主義統一党」(SED)の下で苦吟する東ドイツ市民の生活を実際に知る方が、はるかに得るところが多かったからである。

 ただ残念なことに、私には東ベルリンに知人がいなかった。そこで西ベルリンの音楽大学に留学していたピアニストの神西敦子さんに、東ベルリンに住むイレーネ・ブルダイェヴィッチさんを紹介してもらった。彼女はカソリック系のカリタス財団で教職についていて、東西ドイツ間で連絡のある財団の強みを活かし、普通には聴けない裏話をよく聴かせてくれた。

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