灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(67)

執筆者:佐野美和2019年9月1日
まだ戦争前、家族そろって洋行から帰国した頃(下関市「藤原義江記念館」提供、以下同)
 

 あきの心を粉々にしてあきの運命をも変えてしまうことになる女は、すでにあきの前に姿を現していた。

 そして夫とすでに体の関係ができていたことを、あきはまだ知らない。

 その女の名前は砂原美智子。戦後、彗星のように現れた日本オペラ界の新スターだ。あきも心から期待をし、夫・藤原義江の声や皮膚の衰えが出始めた今こそ、砂原には若さで夫の分までカバーして欲しいと期待する。

 砂原美智子はもともとの美しさをそなえていたが、数年前の結婚式の写真ではイタリアの農婦のような垢抜けない感がある。

 それが藤原歌劇団のプリマドンナとして1つ1つ舞台を重ねていき、今ではサナギが蝶にかえったような洗練された美しさを醸しだしている。

 25歳の砂原美智子の夢は、ソプラノ歌手として世界の舞台に立ち羽ばたくことだ。そのために幼い頃から一家で東京に出てきて、砂原の両親はその夢のために身を粉にして働き娘の将来にかけてきたのだ。

 藤原義江との情事におぼれていくことが夢などでは決してなかったはずだ。

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