『陳毅回川』を特集した『中國京劇』7月号(筆者提供)

 たしかに、なんとなく奇妙だ。半世紀以上にわたって京劇と政治の関係を観察し続けてきた経験則からして、文化大革命再演の“前夜”とまでは言わないが、京劇界の動きが昨年初頭を境に、それまでとは違って感じられるのだ。

 京劇界における異変を伏線にして文化大革命(以下、文革)の大激動がはじまったことは広く人口に膾炙しているところだが、1970年代末にも、京劇界で起きた些細な出来事が大きな政変の前触れを暗示していたことがある。

 京劇関連雑誌の表紙を飾っていた華国鋒の揮毫になる題字が、突然に無味乾燥な字体に代わった。毛沢東から後継者に指名され、毛沢東路線の堅持を掲げる華国鋒の身に異変でも起こったのか――と見られた。

 そして実際、程なく彼は政治の表舞台から消え、共産党政権は鄧小平の指導によって改革・開放路線に大きく舵を切った。挙国一致で「百戦百勝」と称えていたはずの毛沢東思想をボロ雑巾のように捨て去り、誰もが「向銭看(ゼニ儲け)」の道に邁進することとなった。京劇関連雑誌の題字変更を、密かに進んでいた最高権力者交代劇の幕間に挟まった一齣(こま)の小芝居と見做すこともできるし、同時に国是大転換の前兆であったようにも思う。

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