灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(70)

執筆者:佐野美和2019年9月23日
まだ戦争前、家族そろって洋行から帰国した頃(下関市「藤原義江記念館」提供)
 

「僕は、自分の方から女性を口説いたことはないのです」

 と胸を張って言う義江に男女の仲だった歌劇団の女性歌手が11人もいるとは驚きだ。

 更に「僕から女性にサヨナラを言ったことはない」とも言うのだから、数は増えていくばかりである。

 女性歌手たちが義江を男性として好きなのか?

 それとも歌劇団のトップである義江の立場が好きなのか?

 などと言うのは愚問である。

 どちらかなどときれいに割り切れるはずもなく、少女の頃から歌に費やしてきた時間と家族らの犠牲となってきたものが高いプライドという形になり彼女たちの内面に常にべっとりと張りついている。

 芸術という名のもとに常に競争を求められてきた少女は、大人になってもその気持ちは忘れない。ここまできたのだから目指すは頂点である。                                           

 義江は女性に対して、明治生まれの男性がどう逆立ちしても口にはできない「おきれいですね」などという言葉でも、感じよくささやける男性だ。端正な顔立ちをまっすぐに向けてそう言われれば、理性的な女性でもイチコロだったという。

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