9月28日、ラグビーW杯の1次リーグ・対アイルランド戦にて。突進する具智元選手(中央)(C)時事

 

 ラグビーワールドカップで日本が史上初のベスト8進出を果たした。日本の快進撃でラグビー人気が高まり、外国出身の選手も日本代表として活躍できるというラグビー独特の仕組みを初めて知った「にわかファン」も少なくないだろう。

母国・韓国での無関心

 そうした外国出身の選手の1人に韓国人の具智元(グ・ジウォン)がいる。

 10月13日、台風一過の横浜国際総合競技場で行われたスコットランドとの1次リーグ最終戦で、具智元はそれまでの3試合と同様、スクラムを最前列で支える右プロップで出場。前半21分で無念の負傷交代となったものの、勝利に貢献した。

 具智元は25歳。兄の智允(ジユン)とともにジャパンラグビートップリーグのチームの「ホンダヒート」(三重県鈴鹿市)の選手でもある。韓国代表のプロップとして活躍した父の東春(ドンチュン)の指導でラグビーを始め、中学生でニュージーランドに留学した。2年生で鈴鹿、そして3年生から大分へと移り、日本文理大附属高で鍛えられて頭角を現した。

 戦後最悪の日韓関係。日本代表に選ばれたことについて、具智元は日本のメディアのインタビューに、

「心配するところもあったが、(日韓の)両方から応援してもらって素直にうれしい」

 と語っている。具智元の活躍は韓国メディアでも伝えられており、「両国からの応援がうれしい」という発言も日本の報道を引用する形で紹介された。

 しかし、それらの報道について韓国のネット掲示板やツイッターに書き込みはあるものの、その数は多くない。内容も、「韓国の選手が活躍しているようだ」という書き込みに「在日ではないのか」という疑問が寄せられ、これに対して「韓国生まれの韓国人」という説明とともに、ラグビーの代表選出は国籍によらないことが解説されるといった程度で、盛り上がっていない。

 日韓の厳しい対立から、「日本の代表になるなどとは、祖国への裏切りだ」といった反発も懸念されたが、見かけない。とにかく関心が薄いのだ。

 大韓ラグビー協会は筆者の取材に対し、韓国では「日本でワールドカップが開かれていることを知らない人がほとんど。具智元選手の活躍でラグビーをやりたいという人が増えるなどの影響はまったくない」と明かす。

 韓国の有力紙『朝鮮日報』の李河遠(イ・ハウォン)東京支局長は、日本では古く明治時代からラグビーが広がったことに着目し、

「ラグビーが強調するチームワークや犠牲精神、根気は、富国強兵を追求した当時の日本の雰囲気にマッチしていた」

 と分析する記事を書いた。自国で人気が広がらない理由については、韓国人の国民性というよりも、長く経済的に余裕がなかったため、市民が多様なスポーツに目を向ける機会がなかったことが影響していると語る。

低迷の陰にサムスン財閥

 確かに、韓国ではサッカーや野球、ゴルフなどの人気スポーツと、マイナー競技の開きが日本以上に大きい。厳しい受験競争にさらされる子どもたちはスポーツに親しむ機会が少なく、すそ野も広がらない。大韓ラグビー協会によると、全国の中学校でラグビー部があるのは3214校中22校、高校は2358 校中17校、大学(教育大学、専門大学、産業大学を除く)は191校中9校にとどまる。

 ラグビー協会は競技の普及に必死だ。ラグビーを知らない学校の先生にも体育の授業で取り上げてもらえるよう、図解入りの冊子を制作した。ケガをしやすいタックルやスクラムを禁じた「タグラグビー」や「タッチラグビー」といった子ども向けのラグビーだが、それも先生たちから無視されると不安なのか、ボールを頭の上から後ろの子どもに渡すといった簡単な遊びまで書き加える涙ぐましさである。

 ジャパンラグビートップリーグが発足したのは2003年。同年末の日本の世界ランキングは20位、韓国は22位と接近していた。それが今回、ワールドカップ1次リーグで全勝した日本は7位に上昇した。去年アジア予選で敗退した韓国は31位だ。

 韓国にもラグビーのトップリーグ、「コリアンラグビーリーグ」があるが、去年スタートしたばかりで、参加チームはわずか3チーム。スポーツ選手が兵役のために入隊する軍のチームを加えても4チームに過ぎない。

 こうした長期低落傾向にある韓国ラグビー界に打撃となったのは、2015年のサムスン重工業ラグビー部の廃部だった。1995年に創設され、2002年のアジア競技大会では代表選手10人を輩出し、韓国が日本を抑えて優勝するなど、強豪チームだった。

 ラグビー部を創設したのは、サムスン財閥の総帥、李健熙(イ・ゴンヒ)である。自身が1950年代末、ソウル大学師範学部付属高校でラグビーを経験し、その魅力にとりつかれたという。サムスンの会長となったあとの1997年に韓国紙に掲載した「ラグビー精神」と題したエッセーでは、「一つになる団結力、タックルをかわしながら進む強靱な精神力」を称え、ラグビー精神で韓国の「精神的敗北主義を克服すること」を訴えていた(李慶植著、福田恵介訳『李健煕 サムスンの孤独な帝王』東洋経済新報社)。

 ラグビー部のリストラを決めたのは、病気で一線を退いた李健熙に代わって現在のサムスンを率いる長男の在鎔(ジェヨン)である。グループ全体の業績悪化が理由だったが、あるラグビー関係者はのちに、要するに不人気種目だからいとも簡単に切られたのだと悲哀を語っている。

 その李在鎔は、日本の財界人の招待で今大会の開会式に出席した。どのような思いで見たのかは知る由もない。

日本で活動する韓国選手は10人以上

 韓国から日本を目指す選手はほかにもいる。ジャパンラグビートップリーグの全16チームそれぞれのウェブサイトを見たところ、韓国出身選手は確認できただけで11名に上り、このうち7名が韓国代表経験者だった。日本の方が成長できる機会が多いと見る韓国の選手がいかに多いかがわかる。

 選手側には、日本で得た技術を韓国に持ち帰りたいという考えもあるようだ。NTTコミュニケーションズシャイニングアークスの選手からスタッフになった諸葛彬(チェガル・ビン)は現役時代、

「海外の良いラグビーを取り入れ、選手も海外経験で意識を高めていけば、韓国代表も強くなると信じている」

 と語っている。韓国人選手が日本で活動することについて、大韓ラグビー協会関係者は、「ケガをすることなく活躍してくれることをただ願っている」と答えた。

 一方、日本のチームがこれらの選手を受け入れているのは、その実力を認めているからだろう。韓国のプロ野球チームでコーチとして活動する日本の元プロ野球選手から、韓国のプレーヤーについて、技術や戦術の粗さはともかく、体格のよさや身体能力の高さに驚かされると聞いたことがある。ラグビーでも同種の状況があるのではないか。日本側が技術を、韓国側は人材を提供するという形で、協力関係が成立しているように見える。

 13日のスコットランド戦のあと、具智元のインスタグラムには、感謝の言葉とケガを気づかう日本のファンの書き込みが相次いだ。ここには、いまの日韓の荒れた政治・外交関係とは別の空間が存在する。20日に行われる決勝トーナメント、南アフリカ戦に具智元は出場できるのか。「マイナー競技」という冷たい評価を覆したい韓国のラグビー界も固唾を飲んで注目しているに違いない。(敬称略)

 

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