灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(80)
2019年12月1日
節分立春と駆けぬけるように過ぎていったが、春まだ遠し。
通勤のコートの下に職業婦人らしく格子のジャケットにタイトスカート、ヒールの少しある黒い革靴を合わせる。
短く切られたヘアーにはパーマネントがあてられ、資生堂のコールドクリームで入念にマッサージした肌にはツヤのある粉をはたき、細く整えた眉を弓なりに描き、薄い色の紅で口元を丁寧に仕上げる。これがあきの通勤スタイルだ。
あきの資生堂本社内の席は『花椿』編集部に移された。取材に出ている時は無我夢中で目の前の仕事のことしか考えられないが、たまに仕事が途切れた時などは自席について、給与取りという仕事を考えさせられる。
事務を処理することは、主婦たちがへっつい(かまど)の前にしゃがみこんで薪を燃やしておこなうご飯炊きよりも、肉体的には楽な仕事だ。しかし会社が報酬を支払ってくれる時間というものが重くのしかかってくる。
会社の右や左がようやく分かり始めると、与えられた仕事に対し最上の事を尽くしたい、最上のことを尽くしているかしらと考えるようになった。
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