青崎有吾『ノッキンオン・ロックドドア2』

評者:杉江松恋(書評家)

2020年2月15日

伏線を埋めこむ技術が抜群
読み手の時間を“盗む”連作短篇集

あおさき・ゆうご 1991年神奈川県生まれ。明治大学卒業。2012年に『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞。『水族館の殺人』など、著書多数。

 さりげなく、抜群に巧い。
 ミステリーの驚きは文章に埋めこまれた伏線によってもたらされる。その技術に最も長けた作家といえば、現時点では青崎有吾なのではあるまいか。新作『ノッキンオン・ロックドドア2』は、6篇を収めた連作短篇集である。最低でも6つの驚きが約束されていると思うと、一刻も早くページをめくりたくなって指がうずうずしてくる。
 〈ノッキンオン・ロックドドア〉というのは御殿場倒理と片無氷雨、2人が共同で開いている探偵事務所の名前である。倒理はHOW、すなわち不可能な謎を解くのが専門で、氷雨はWHY、不可解な謎に答えを出す。得意分野が違う2人の探偵を並び立たせた時点でまずは設定の勝利である。性格から何から正反対で、水と油のような2人だから自然と笑いも生まれる。登場人物の会話に注意を引きつけることで、ミステリーとしての核である謎解きへと読者の関心を引き寄せるわけだ。たまらない求心力がこの作品にはある。
 巻頭の「穴の開いた密室」では、窓からの出入りができず、扉に内側から施錠された部屋の中で死体が発見される、という事件が扱われる。いわゆる密室殺人のようだが、部屋の壁には犯人が開けたと思しき巨大な穴が出来ていたのである。果たして不可能犯罪として捜査すればいいのか、それとも犯人の取った不可解な行動の訳を探ればいいのか、と考えた時点ですでに読者は、作者の術中に嵌まっている。続く「時計にまつわるいくつかの嘘」は、真相を示す手がかりの出し方が絶品で、思わず2度読み直したくなる。
 倒理と氷雨は大学で同じゼミに属していたという間柄で、他に2人の同期がいた。1人は警察官となり、もう1人は犯罪者になったのである。本書収録の「穿地警部補、事件です」はその穿地決が転落死事件の謎を追う番外編、「最も間抜けな溺死体」には、法を侵したがっている人間に奇抜なトリックを提供する〈チープ・トリック〉なる屋号の犯罪者となった、糸切美影が登場する。
 巻末の書き下ろし作品「ドアの鍵を開けるとき」は、2人の探偵と刑事と犯罪者が誕生するに至った過去を描いた1篇である。その原点となった、ある密室犯罪の真相が暴かれることになる。戻ることのできない思い出を語って切なさも感じさせ、大団円にふさわしい1篇だ。あまりに満足度が高いので、徳間文庫に入っている前作もつい読み返したくなる。時間泥棒だなあ、狡いよ。

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