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Bookworm (93)

青崎有吾『ノッキンオン・ロックドドア2』

評者:杉江松恋(書評家)

2020年2月15日
カテゴリ: カルチャー
エリア: アジア

伏線を埋めこむ技術が抜群
読み手の時間を“盗む”連作短篇集

あおさき・ゆうご 1991年神奈川県生まれ。明治大学卒業。2012年に『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞。『水族館の殺人』など、著書多数。

 さりげなく、抜群に巧い。
 ミステリーの驚きは文章に埋めこまれた伏線によってもたらされる。その技術に最も長けた作家といえば、現時点では青崎有吾なのではあるまいか。新作『ノッキンオン・ロックドドア2』は、6篇を収めた連作短篇集である。最低でも6つの驚きが約束されていると思うと、一刻も早くページをめくりたくなって指がうずうずしてくる。
 〈ノッキンオン・ロックドドア〉というのは御殿場倒理と片無氷雨、2人が共同で開いている探偵事務所の名前である。倒理はHOW、すなわち不可能な謎を解くのが専門で、氷雨はWHY、不可解な謎に答えを出す。得意分野が違う2人の探偵を並び立たせた時点でまずは設定の勝利である。性格から何から正反対で、水と油のような2人だから自然と笑いも生まれる。登場人物の会話に注意を引きつけることで、ミステリーとしての核である謎解きへと読者の関心を引き寄せるわけだ。たまらない求心力がこの作品にはある。
 巻頭の「穴の開いた密室」では、窓からの出入りができず、扉に内側から施錠された部屋の中で死体が発見される、という事件が扱われる。いわゆる密室殺人のようだが、部屋の壁には犯人が開けたと思しき巨大な穴が出来ていたのである。果たして不可能犯罪として捜査すればいいのか、それとも犯人の取った不可解な行動の訳を探ればいいのか、と考えた時点ですでに読者は、作者の術中に嵌まっている。続く「時計にまつわるいくつかの嘘」は、真相を示す手がかりの出し方が絶品で、思わず2度読み直したくなる。
 倒理と氷雨は大学で同じゼミに属していたという間柄で、他に2人の同期がいた。1人は警察官となり、もう1人は犯罪者になったのである。本書収録の「穿地警部補、事件です」はその穿地決が転落死事件の謎を追う番外編、「最も間抜けな溺死体」には、法を侵したがっている人間に奇抜なトリックを提供する〈チープ・トリック〉なる屋号の犯罪者となった、糸切美影が登場する。
 巻末の書き下ろし作品「ドアの鍵を開けるとき」は、2人の探偵と刑事と犯罪者が誕生するに至った過去を描いた1篇である。その原点となった、ある密室犯罪の真相が暴かれることになる。戻ることのできない思い出を語って切なさも感じさせ、大団円にふさわしい1篇だ。あまりに満足度が高いので、徳間文庫に入っている前作もつい読み返したくなる。時間泥棒だなあ、狡いよ。

 

14編の物語が教えてくれる“中年以降”の生き方
評者:伊藤氏貴(明治大学准教授)

 自分がこれまで辿ってきた道をふりかえり、それをこれから先に延びる道と天秤にかけて釣り合いを測ってみる――中年とはこのときからはじまるのではないか。
 健康診断で毎年引っかかる項目が複数出てきたり、同級生が突然死したり、そんなことが自分の人生の来し方行く末を天秤にかけるきっかけになる。この短編集に登場する主人公たちは、ひとしなみにこうした時期を迎え、あるいは既に行く末の方を短く感じている。
 しかし、短さを自覚すればこそ、重みはかえって増すのではないか。とはいえ、取りこぼしたものを今になって慌てて拾い集めるような生き急ぎはもはやしない。むしろ、人生などじたばたせずともどうにかやりすごせるものだ、という寂しくも澄んだ見通しをもって、起きる出来事の1つ1つを大事に生きようとする。
 真面目だけがあなたのいいところよ、と言う妻と連れ添って20年してはじめて若い他の女と関係する「遠音(とおね)」、逆に同僚との関係にあらぬ疑いをかけられる表題作。大事件ではない。どこにでもいつでも転がっているような、ただし誰しもが経験することでもない小さな出来事。だからこそ、ここに登場する人々は、われわれ自身の姿というべきかもしれない。「もうさしたる欲もない。健康が一番だと言いながら、実際は、体にいいことはなにもやっていない」カプセル男、すなわち終電の尽きるまで酒を飲み、郊外の自宅に戻るよりはとカプセルホテルに夜な夜な泊まる男たち。予備軍までを含めれば、日本に何万人の「カプセル男」がいるのだろう。
 そんな孤独で退屈な毎日に、寄り添ってくれる人間や、いろどりを与えてくれる出来事が現れるかどうかは運の問題でしかない。ただ、その運命に巻き込まれることなく、ときに涙を、ときに笑いをこらえつつ、起きることのすべてを愛おしんで受け止める、それが正しい中年以降の生き方なのだ、と教えてくれる。

 

NHK大河ドラマとは一線を画す
史実度外視ながら風通しの良い快作

評者:縄田一男(文芸評論家)

 はじめに断っておくが、この1巻は来年のNHK大河ドラマの便乗作品ではない(『週刊新潮』2019年12月19日号掲載時)。帯の惹句にあるように、「出自もうそ。名前もうそ。武士もうそ」という一介の地下人(じげにん)=地べたを這いずり回る者・十兵衛が延暦寺の荒法師に襲われているところを、伊勢氏の嫡流と称する伊勢兵庫頭貞良に救けられるくだりから物語はスタートする。
 十兵衛の願いは唯一つ、「人の上下無き世を作ること」。これに乗ったという貞良は、まず武士になれと、十兵衛に明智十兵衛光秀という名を与える。だが、この貞良、メフィストフェレス的な役割を持ち、お前はこれから大いなる嘘を一生つき通すのだとも、嘘もつき通せば嘘ではなくなるともいって、十兵衛を困惑させる。次に十兵衛は、売られてゆく公家の娘、熙子(ひろこ)を奪い、これを妻とし、宮中の礼法を手に入れ、織田家に取り入ることに成功する。そして、織田家である程度の地位を手に入れ、嘘が嘘でなくなった十兵衛は、大義のために悪人となり、禁中とわたりをつけることも厭わない。
 しかし、貞良、「十兵衛よ、もしかしたら、おぬしの夢の最大の壁となるのは、弾正忠(だんじょうちゅう=信長)やもしれぬな」「やつを出し抜くことなど果たしてできるのか?」というではないか。
 一方で十兵衛は見る――朝倉攻めに失敗した織田軍の殿(しんがり)をつとめることになった木下藤吉郎秀吉が雑兵たちと一体となって語らっているところを。十兵衛は「(将も兵もない……上下無き……⁉)」と思う。自分の願っているものが、ここでは実現されているではないか。そして十兵衛が訪ねた百姓の沙汰人は、支配されている方が楽だというのである。
 こう記してきても分かるように、本書は、本能寺の史実に迫ろうとする作品ではない。それを度外視して、“嘘”を通しての人間の本質や、それが、格差社会の政の中でどう転がっていくかをテーマとした1巻だ。とても風通しの良い快作である。

 

すこぶる付きの名文家でもあった名優「森繁久彌」の自伝集
評者:碓井広義(上智大学教授)

 俳優の森繁久彌が亡くなったのは2009年11月。96歳だった。
 ある世代以上の人には、それぞれの「モリシゲ体験」があるのではないか。1950~60年代の東宝映画『社長』シリーズ。1967年から20年近くも続いた舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』。向田邦子も脚本を書いたドラマ『だいこんの花』を挙げる人もいるだろう。いや、著名人の葬儀で、「本来なら私が先に逝くべきなのに」と弔辞を読む姿を思い浮かべる人もいるはずだ。
 ただ、森繁が名優であることは知っていても、すこぶる付きの名文家だったことを知らない人は多い。その意味で、今回の全5巻におよぶ「コレクション」の刊行は僥倖かもしれない。何しろ第1弾は森繁の文名を高めた『森繁自伝』や『私の履歴書―さすらいの唄』を収めた「自伝」集だ。この2作を読めば、森繁久彌という「特異なキャラクター」がどうやって出来上がったのかが、よくわかる。しかもそのプロセスは、「小説より奇なり」という常套句そのままに波瀾万丈なのだ。
 大正2年の生まれ。関西実業界の大立者だった父親を2歳で亡くす。旧制・北野中学に入学するが、一気に不良化。早稲田第一高等学院に転じて早大へと進む。学業半ばで飛び込んだのが東宝新劇団だ。やがてNHKのアナウンサーとなり、満州の新京中央放送局へ。それが昭和14年、26歳の時だった。敗戦時の混乱と悲惨を満州で体験する。
 本書で注目したいのは、随所に見られる独特の人生哲学だ。「昨日の朝顔は、今日は咲かない」と過ぎたことには拘らない。俳優の仕事もまた「瞬間を生きるもので、それらは網膜に残影を残して終りである」と覚悟して臨んでいる。今を生きることに全力を注ぐ姿勢は、人気俳優となってからも一貫していた。
 自伝の面白さは書かれていることだけではない。行間に漂う歴史の闇を想像するのも本書の醍醐味だ。

(『週刊新潮』2019年12月19日号より転載)

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