エヴァン・ラトリフ 竹田 円・訳『魔王 奸智と暴力のサイバー犯罪帝国を築いた男』
評者:高橋ユキ(フリーライター)
天才プログラマーが作り上げた底なしの“悪の帝国”
「超ヤバい野郎」――彼を知る者が本書でこう評しているが、たしかに、それ以外の言葉が思い浮かばない。
1972年にジンバブエで生まれたポール・コールダー・ル・ルーは、10代の頃に洗車のアルバイトで貯めた金ではじめてのコンピュータを手に入れた。プログラマーによくあるスタートだ。のちに彼は、元NSA、CIA局員のエドワード・スノーデンが愛用していたことでも知られる、オープンソースのディスク暗号化ソフト『TrueCrypt』のベースとなったプログラム『E4M』の開発を手がける。ところがその後、ル・ルーはその能力を活かしてイノベーションを生み出すのではなく、“悪の帝国”を作り上げようとした。
まず処方薬をネットで販売するオンライン薬局事業を立ち上げ、年間数千万ドルの利益を上げる。ル・ルーはこのグレーなビジネスで得た利益を元手に、新たな事業に次々と乗り出すのだ。それも、今度はグレーではなく真っ黒な。
北朝鮮製のメタンフェタミンを東南アジア全域で売りさばき、南米では大規模なコカイン取引に手を出す。麻薬の輸送に役立つだろうと自ら設計したドローンのテスト飛行まで行うほか、お抱え技術者に小型潜水艦を設計させる。ビジネスのため多数の有能なスタッフを集め、各国の警察を買収していたが、裏切り者だと判断すれば躊躇なく殺害も命じた。
これで終わりではない。武器や爆薬の原料である硝酸アンモニウムの取引にも手を出し、プラスチック爆弾の一種を独自に改良したという爆薬の調合法をイランに売り込もうともする。
違法合法問わず、金儲けに邁進するル・ルーは止まることなく、ブラックなプロジェクトを同時進行させる。なんとソマリアでマグロ漁業も始めようとしたのだ。しかも失敗に終わってもタダでは起きず、同国で麻薬栽培事業に乗り出す。傭兵集団を組織し、彼らが使うガトリング砲やグレネードランチャーなどの武器を調達。はたまた高速船を用いた誘拐プロジェクトまで計画。ページを繰るたびにその突拍子のなさに驚かされるのだが、さらには愛人らに自分の子供を産ませ「自分の血を分けた子供たちで信頼できる軍団をつくろうと」もするから恐怖である。
こうした彼の脈絡のない悪行を4年にわたって追い続けた著者の執念に感服しつつ、危険な取材ながらも無事だった幸運に安堵する1冊。
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