トランプが中東歴訪で得た「2兆ドル対米投資」の曖昧な実利、置き去りにされる地域秩序

執筆者:村上拓哉 2025年5月22日
エリア: 中東
マルチ会合はサウジアラビアで開催されたGCCとの首脳会合のみだった[2025年5月14日、サウジアラビア・リヤード]
確保したディールはサウジ6000億ドル、カタール1.2兆ドル、UAE2000億ドルと発表されたが、この数字は「努力目標」をかなり割り引く必要がある。いまや自国内に巨大開発プロジェクトを抱える各国にとって、ジュニア・パートナーとして米国に経済的利益を供与することは重要でも、国家の繁栄が優先されるのは明らかだ。米国と中東諸国との間では地域戦略や外交政策での利害のずれが目立ってきている。今回の中東訪問の表面的な「成功」は、こうした本質的な課題を棚上げにした。

 一国の首脳が就任後初の外遊先にどこを選ぶかは、その政権の外交政策を読み解く上で示唆に富む材料である。米国の場合、第二次世界大戦以降に13人の大統領が誕生しているが、うち11人はカナダ、メキシコ、英国のいずれかを最初の訪問先にしている。例外となるのが、NATO(北大西洋条約機構)会合に出席するためベルギーを訪問したリチャード・ニクソンと、一期目に続いて二期目もサウジアラビアを最初の訪問先に選んだドナルド・トランプである。

 トランプのサウジ贔屓は歴代の米国大統領の中でも突出している。そもそもサウジアラビアは、2016年の大統領選ではヒラリー・クリントン候補を支持していたと言われており、民主党政権以上に中東地域への不介入姿勢を強調するトランプは、米国の安全保障の供与を重視するサウジアラビアにとって望ましい選択肢ではなかった。トランプも大統領選の最中で、クリントン財団がサウジ政府から2500万ドルの寄付を受けていることを批判したり、米国はサウジの石油を必要としておらず、サウジが米国の軍事支援を求めるならば日本やドイツ同様に駐留米軍への支払いをすべきだと主張したり、イスラーム教徒の米国入国を禁止することを公約に掲げたりと、当初はサウジに厳しい態度を示していた。

 ところが、トランプが大統領選に勝利すると、サウジアラビアは娘婿のジャレッド・クシュナーを通じてトランプに急接近する。サウジの代表団は大統領選の結果が出た11月のうちにクシュナーと会談し、サウジ政府はトランプの公約に積極的に協力するつもりであると申し出て、米国での雇用を創出するために対米投資を大幅に増加し、多額の武器契約を結ぶ用意があると伝えた。そして、この協力を結実させるために、トランプにサウジを訪問してもらい歴史的な歓迎式典を催すことを提案したとされる。この「ディール」から半年後の2017年5月、トランプは米国大統領として公式にサウジを訪問し、ビジネス的な実利主義で結ばれた両国の蜜月関係が始まった。

 そして現在、再び大統領に就任したトランプは、一期目同様に最初の訪問先にサウジアラビアを選び、さらに近隣のカタール、UAE(アラブ首長国連邦)と湾岸諸国を歴訪した。各国でトランプの訪問が熱烈に歓迎され、数千億ドルを超える巨額の経済取引が発表される様子は、8年前の再現を見ているようであった。今回の訪問により、湾岸諸国は今後4年間の米国との関係を盤石にできたと胸をなでおろしたことだろう。

 しかし、指導者間の個人的な親密さとは裏腹に、米国と中東諸国との間では地域戦略や外交政策での利害のずれが目立つようになってきている。今回のトランプの中東訪問の表面的な「成功」は、こうした本質的な課題を棚上げにしたままとなっていることは指摘しなければならない。

乏しい外交成果と強調された不介入主義

 5月13日から16日の日程で行われたトランプ大統領による中東訪問は、そもそも建付けの段階で外交を主題としたものではなかった。各国で首脳会談の他に開かれたイベントは投資フォーラムやビジネスリーダーとのラウンドテーブルであり、地域の諸問題について協議するマルチ会合の場は、サウジアラビアで開催された湾岸協力理事会(GCC)との首脳会合のみとなった。

 これは一期目のトランプの中東訪問と比較しても顕著な違いである。2017年のサウジ訪問では、アラブ・イスラーム諸国55カ国の代表が集う首脳会合が大々的に開催され、過激派対策で米国とイスラーム諸国が協力していくことが宣言された。当時、テロ対策の観点からイスラーム教徒の米国入国を規制する方針を掲げていたトランプが、イスラーム諸国こそが過激派の被害にあってきたとの認識を示し、彼らとの協調を謳ったことは、サウジアラビアがトランプの認識を刷新させたとして高く評価された。

 トランプ政権時代からの反動でサウジアラビアとの関係が冷却化したジョー・バイデン大統領が2022年7月にサウジを訪問したときには、歓迎ムードこそなく実務的な訪問となったものの、エジプト、イラク、ヨルダンの首脳も入れたGCC+3首脳会合が開催された。会合では、将来的にイスラエルとの協力を見据えて、中東諸国の防空能力の統合や海洋安全保障協力の強化が発表された。また、同年12月に中国の習近平国家主席がサウジを訪問したときには、アラブ連盟の加盟国21カ国の代表が集って初となる中国・アラブ首脳会合が開催された。会合は具体的な成果こそ乏しかったものの、中国とアラブ諸国の首脳会合は定例化されることになり、初回会合から4年後となる2026年には中国において第2回会合が予定されている。

 トランプ外交が二国間のディールを重視し、多国間主義に否定的なことは周知の事実だが、これは地域の潮流からは逆行する動きである。

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
村上拓哉(むらかみたくや) 中東戦略研究所シニアフェロー。2016年桜美林大学大学院国際学研究科博士後期課程満期退学。在オマーン大使館専門調査員、中東調査会研究員、三菱商事シニアリサーチアナリストなどを経て、2022年より現職。専門は湾岸地域の安全保障・国際関係論。
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