マーケティングの“定石”が通じない時代へ α世代が変える「未来のビジネス」

執筆者:小々馬敦 2025年4月17日
α世代は「真のデジタルネイティブでAIネイティブ」の資質を持つ (C)Антон Сальников/stock.adobe.com

 AI(人工知能)ネイティブや高いメタ認知力などの特性を持つα(アルファ)世代には、従来のマーケティング理論や手法は通用しにくい。企業はブランドの世界観を一方的に伝えるだけではなく、「界隈」と呼ばれる空間の中で共感をベースに対話してブランドの魅力を伝えていくことが求められる。そして、予想される新たな経済メカニズムとは。

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 私は大学でマーケティングを教える中で、従来の理論や手法が今の若い世代には当てはまりにくくなっていると感じています。マーケティング理論の多くは20世紀後半にマスプロダクトとマスメディアを前提に確立されましたが、現在ではスマートフォンを通じてカスタマイズされた情報を受け取る環境で暮らしています。

 理論と現実のギャップが顕著となり、マーケティング、そしてビジネスをアップデートするタイミングだと思います。これからの時代に向けて何をどのように変容していくべきか、そのヒントは若い世代の行動理解から得られます。彼らの行動の中には5〜10年後の社会の新しい常識が見え始めているからです。

2025年から「α世代」がお客様や従業員として身近に現れ始める

 昨今、Z世代(1997〜2009年生まれ)の行動特性が注目されていますが、その下にはα世代(2010年生まれ以降)が着々と育っています。Z世代が「デジタルネイティブ」と呼ばれるのに比較して、α世代はオンラインゲームなどのバーチャル空間を日常の一部とする「真のデジタルネイティブで且つAIネイティブ」の資質を持っています。彼らの行動様式が、AIが浸透していくこれからの社会のスタンダードになることは自然な流れと言えます。

 α世代の最年長は今年15歳で中学3年生となり、生産年齢人口(15〜64歳)に加わります。もうすぐに、お客様や従業員として皆さんの身近に現れ始めることでしょう。2024年下半期に『日経クロストレンド』が発表した「今後伸びるビジネスキーワード」には、Z世代に加えてα世代が初めてランクインし、注目を高めています。

α世代とZ世代の自己表現の違い

 私の研究室は株式会社インテージの生活者研究センターと共同でZ世代とα世代の特性とその変化の流れを調査研究しており、マーケティングの進化に影響が大きい要因のひとつとして「自分の見せ方」の変化に注目しています。その理由は、現代マーケティングでは、お客様に対して商品やブランドの自己表現価値を訴求し購買意欲を喚起することが多く、承認欲求の変容に応じてマーケティングのアプローチを進化させる必要があると考えるからです。

 Z世代とα世代は共に多様性を尊重し「みんな違っていてみんな良い」と考えていますが、個性の捉え方と自己表現の仕方に進化が見られます。Z世代は自分らしさに自信を持ちきれず、周りから個性を問われる場面に「他人との違い」を示さなければならないプレッシャーを感じます。一方で、α世代はオンラインではアバターを活用しリアルの自分を前面に出さずに交遊するなど、個性をアピールしなくて良い環境を自らつくることを実践しています。

1.場面に合わせて自己表現をアレンジする

 α世代は、SNSでアカウントを使い分け、TikTokではエンタメ性、Instagramでは世界観、YouTubeではストーリー性を重視するなど、それぞれの場面に最適な自己表現をします。Z世代はSNSでは発信が主流なのに対して、α世代は発信よりも、フォートナイトやRobloxなどのバーチャル空間で他者と交遊することを楽しんでいます。AIで加工したビジュアルやバーチャルキャラクターを活用するなど高度な自己表現を実践し自分のもうひとつの顔をつくり、リアルの自分を守りながらオンライン上での心地の良い関係をアレンジすることに長けています。

2.「他者承認」から「自己承認」へ

 Z世代が「映える写真」「バズるコンテンツづくり」に時間を掛けていたのに対して、α世代は「社会に拡散されること」を前提として、ソーシャルバリュー(社会的価値)が高い情報で他者とつながることが、自己肯定感と自己有用感を高めて自己実現につながると意識しています。実は「盛った自分」を発信することが多かったZ世代の上の年代に比べて、α世代に近い現役大学生には「映え疲れ」が顕著で「顔出ししない自己画像」が増えていることや、日常の瞬間を無加工で撮影して共有する『BeReal.』がブームになっているように、承認欲求は他者承認から自己承認へ変化しています。

3.「没入」から「メタ認知」へ

 Z世代は好きなことに没入していきますが、α世代は、一歩引いた視座から自分を客観的に捉えて判断する「メタ認知力」が養われています。オンラインゲームをアバターでプレイしつつも、画面の外からゲーム環境全体を観ている感覚がメタ認知そのものなのです。生活者のメタ認知力が高まっていくと、商品を選ぶ際にも、商品の機能や便益情報だけでなく商品の背景にある企業姿勢への共感や社会存在意義の判断など、ソーシャルなバリューをも捉えて判断されるようになると推測します。

 以上のような「自分の見せ方の変化」は、企業、ブランドと生活者との関係性の変容につながっていきます。

「共感をベースに対話できる関係を築く」

 企業がα世代と関わる際には、「ブランドの世界観を一方的に伝える」だけではなく「共感をベースに対話できる関係を築く」ことが求められます。α世代は、広告よりも自分の好きなコミュニティの中で推奨されるものに対して信頼を寄せます。SNSやデジタル空間を交友の場所として活用し、彼らが共感できる想いを共有しながら、対話の中でブランドの魅力を伝えていくことが重要となります。

 α世代とつながる方法は実はシンプルで、自らが立脚する場所を市場経済から、彼らが暮らしている場所(Place)である「ひとの社会」に移すことです。

 マーケティングの4Pのひとつに「Place(流通・チャネル)」がありますが、マーケティングの原点は、Market Place=市場(いちば)という場所に見出せます。人間は古来より暮らしに必要なモノを市場(いちば)に持ち合い価値交換をしてきました。「いちば」は人々の暮らしに根ざしひとの想いが集う「居心地の良い場所」であるのに対して、巨大化した経済システムは、市場経済(しじょう)と呼び変えられて、企業間競争の主戦場=ビジネス界となっています。

出所:筆者作成 拡大画像表示

 α世代は、お金中心に価値付けするビジネス界に違和感を持ち一定の距離を保っているので、市場経済で消費者として見つけることは難しくなっています。彼らは「ひとの社会」に暮らし「界隈」と呼ばれる共感でつながる居心地の良い場所を探し、そこで多様なひとの想いにつながることで幸せを実感しています。例えばマインクラフトなどのバーチャル空間に「自分が居心地の良い場所」を自らつくり仲間と交遊しています。こうしたリテラシーが当たり前になると、SNS上に数多くの界隈がつくられて共感するひとがつながりコミュニティとなり、界隈同士がつながっていくことでビジネス機会が成長していく新たな経済メカニズムが立ち上がっていくと考えます。

 共感を軸としてひとの想いをつなげるマーケティングがこれからのビジネス成長の鍵となるでしょう。

  1. ◎小々馬敦(こごま・あつし)

産業能率大学経営学部教授。1983年青山学院大学経営学部卒業後、I&SBBDO、インターブランドジャパンにて戦略プランナー、事業開発、経営企画に従事。その後、米国のブランドコンサルティング企業の日本法人代表を歴任、国内外企業の無形資産価値経営をブランディングとマーケティングの連携から支援。2013年より現職。2024年『新消費をつくるα世代』(日経BP)を出版。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
小々馬敦(こごまあつし) 産業能率大学経営学部教授。1983年青山学院大学経営学部卒業後、I&SBBDO、インターブランドジャパンにて戦略プランナー、事業開発、経営企画に従事。その後、米国のブランドコンサルティング企業の日本法人代表を歴任、国内外企業の無形資産価値経営をブランディングとマーケティングの連携から支援。2013年より現職。2024年『新消費をつくるα世代』(日経BP)を出版。
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