
秩序と不可分だった同盟
主導国アメリカが国際秩序を提供し、追随国たる日本がこれに参画する。この交換関係に基づく非対称同盟としての日米同盟は、いま大きく変質しつつある。遡ればその兆候は2010年代に確認することができるが、その詳細は別稿に譲り4、この本論後編では2025年半ばにおける現在、すなわち第二次トランプ政権初頭の展開に焦点を当てて、日米同盟の現在地と将来について考えてみたい。
前述のように、アメリカ主導の非対称同盟が安定的に運営されてきたのは、同盟がアメリカ主導の国際秩序を支える要の制度として機能してきたからにほかならない。急いで付け加えるならば、アメリカと同盟国の間に摩擦が絶えなかったことは確かである。同盟国にアメリカの防衛コミットメントの不安定化への懸念が燻ることも、逆にアメリカのプレゼンスへの反感が高まることも珍しくなかった。アメリカ政府がときに特定の同盟国を見捨てると公言し、またタイ、イラン、フィリピン、ニュージーランドのように実際に撤退した、もしくは撤退せざるを得なくなったこともあった。
だがアメリカに関する限り、以上のように撤退を選択した際にも、自らが主導する「自由世界」の範囲を再定義したのであって、それ自体の放棄を意図したわけではない。その最も極端なものは、フランス議会の否決によってヨーロッパ防衛共同体(EDC)構想が崩壊する前年の1953年、アメリカの欧州防衛への関与に関する「苦渋に満ちた再検討」(agonizing reappraisal)を行わざるを得ないと、当時のジョン・ダレス国務長官が発表したというエピソードであろう。当時、この発言は米軍のピレネー山脈への後退を示唆するものと受け取られ、大きな衝撃をもたらした5。しかし一方、同時期のアジアでは、日米同盟、米比同盟、太平洋条約(ANZUS)を皮切りに、米韓同盟、米華同盟、東南アジア条約機構(SEATO)と、アメリカ主導の同盟網は拡大の一途を辿っていた。1970年代の米中接近とニクソン・ドクトリンに伴うアジア情勢の激変も同様である。1970年代を通じて、アメリカは東南アジア大陸部から撤退し、在韓米軍の撤退も模索した一方で、むしろ海洋部の日本及びフィリピンとの同盟関係、さらに80年代にはシンガポールとの軍事協力を強化している。
アメリカは常に自由貿易の守護者であったわけでもない。日米経済摩擦はその象徴であろう。またスエズ危機をめぐる英仏への経済・金融制裁、あるいはロナルド・レーガン政権期のソ連産天然ガスパイプラインをめぐる西欧諸国への制裁のように、アメリカはときに同盟国への経済的圧迫も厭わなかった。だが少なくともアメリカ政府関係者の主観的意図としては、以上のような行動は、自由世界全体の維持と防衛のための適切な負担分担の追求、もしくは西側の結束を乱す行動への懲罰と位置付けられていた。アメリカが意図したのは、自らが主導する秩序を維持するための同盟国による負担分担の拡大、あるいはそれを撹乱するような同盟国の外交・軍事政策の行動抑制だった。
秩序なき同盟の行方
だが第二次トランプ政権は、同盟そのものを負債とみなし、その破棄を厭わないと声高に主張している。またカナダに対して「51番目の州」となるべきと放言し、パナマには運河の譲渡を求め、あるいはデンマークの自治領たるグリーンランドの併合の欲求――さらにはそのための軍事力の行使――を繰り返し公言するという、同盟国領域の奪取も厭わない姿勢も顕著である。経済面でも、西側の結束の要であった既存の経済システムを正面から否定し、日米貿易協定のような第一次政権期に自らが締結した約束すら無視して、同盟国と仮想敵国であるとを区別せず一律に関税を課している。この一連の政策の背後に「自由世界」や「西側」の結束という発想があると想定することはできない。そのようなレトリックが一部の政権関係者から発せられることがあったとしても、トランプ大統領をはじめとした政権中枢に、主観的にもそのような意図があると考えることは端的に誤りだろう。
アメリカが自ら作った国際秩序に背を向けるどころか、これを積極的に破壊、もしくは改変しようとしているとき、これとともに歩んできた同盟がかつての姿のままであることは想像し難い。前述のように、同盟国はアメリカの提供する国際秩序に魅力を感じるからこそ、同盟を締結してきた。アメリカがその供給を停止し、それどころかその破壊を試みるのであれば、主導国による国際秩序の存在を前提とした非対称同盟はその本質において決定的な変質を遂げるものと考えなければならない。その先に何があるのか。詳細な検討は別稿を期すこととしたいが、同盟の形骸化・消滅、「デロス同盟」型の搾取的帝国秩序への変質、もしくは便宜的かつ暫定的な同盟(対称同盟)への移行といった、大きく異なる可能性の全てがあり得ると想定すべきだろう。
米中関係と日米同盟
日米同盟についてはどうか。

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