ROLESCast #021
アーミテージ元国務副長官に聞いた日本の安全保障

執筆者:小泉悠
執筆者:内田州
2025年4月21日
タグ: 日本 アメリカ
エリア: アジア 北米
東京大学の小泉悠准教授と内田州特任研究員が、トランプ政権下のアメリカの知日派が日本に何を期待しているかについて議論する。「先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」の動画配信「ROLESCast」第21回(2025年4月7日収録)。

※お二人の対談内容をもとに、編集・再構成を加えてあります。なお、リチャード・アーミテージ氏は4月13日に逝去されました。

これだけ知日派がいない政権は珍しい

小泉 前回に引き続き、内田先生にお話を伺います。今回のアメリカ出張では、他にも超大物に会われたそうですね。

 

内田 はい。リチャード・アーミテージ元米国務副長官にお会いすることができました。私は日米関係の専門家でもなければ、アメリカ外交の専門家でもありませんけども、せっかくアーミテージ元国務副長官と会ったので、「日本の皆様へ」ということでメッセージを伺ってきました。

 

小泉 それはアーミテージに会いに行ったら、ぜひ日本に何か伝えてくれみたいな感じで自分から話してくれたのですか?

 

内田 むしろこちらが「日本に対して何かメッセージをお願いできるか」ということで水を向けたら、話してくれました。1時間以上お話ししていただいたのですが、オフレコの「これはちょっと使わないでくれ」という話もまあまあ多かったので、日本に対してのメッセージという部分だけお伝えしようと思います。

 一番重要なメッセージは、「短期的にはトランプ政権と日本との関係は楽観視が難しくても、どうか米国の現政権に対して過度なリアクションを取らずに、長期的に日米関係を深めていってほしい」というものでした。

 1980年代からの日米関係について話していただいたのですが、鈴木善幸・中曽根康弘両総理の時代も日米関係は非常に良かったし、米国側からもシュライバー国防次官補とかジョセフ・ナイといった知日派の面々が日米関係の深化に非常に貢献してきたと。一方、トランプ政権に対する疑念として、誰が日本の専門家かわからない、過去を振り返ってもこれだけ知日派がいない政権も珍しい、と言っていました。

 1998年のクリントン政権時代には、日本を素通りして中国に行くということがありました。いわゆるジャパン・パッシングですね。そういったことが現政権でも起こりかねないと懸念していました。ただし、関心のある方は「アーミテージ・ナイ・レポート」(編集部註:アーミテージ、ナイ両氏が座長となり、米シンクタンク戦略国際問題研究所[CSIS]が発表する政策提言」)を読んでいただければ、台湾や韓国、日本製鉄とUSスチールの話など色々なことが書いてありますが、彼は自衛隊の統合作戦司令部が設立されたことは非常に高く評価しています。サミュエル・パパロ米インド太平洋軍司令官が、対日関係においても重要な役割を果たしていると。

日本育ちのコルビーが国防次官に

内田 これから4年間、もしかしたら日米関係は立ち往生するかもしれないとアーミテージは語っていました。トランプ大統領とゼレンスキー大統領の会談は、日本だけではなく、アメリカ人にも非常に大きな衝撃を与えたのだと。ただ、日本とアメリカはこれまでずっと互恵関係を築いてきたので、それは吹けば飛ぶような関係ではない。だからこの4年間、何があってもオーバーリアクションを取らずに、現実を見て慎重に両国の関係を深めてほしい。それが彼のメッセージでした。

 

小泉 ありがとうございます。私は最近、都内でいくつか、アメリカがらみの催しに行ってきました。アメリカ政府主催のものもあれば、アメリカの軍事産業が開いたレセプションなど、怖いもの見たさも含めて行ってみたわけです。そこで感じたのは、現場の雰囲気は全然変わっていないように見えるということです。相変わらず日米はパートナーだ、同盟だという話をしている。

 実際、この前の日米首脳会談にせよ、硫黄島訪問後の石破茂総理とピート・ヘグセス米国防長官の会談にせよ、ヨーロッパに対する米国のめちゃくちゃな対応が信じられないぐらい、対日関係においては「いつものアメリカ」なんです。これをどう見るべきなのか。

 一つは、やはり中国はロシアに比べてはるかに重要な挑戦者だから、その意味で日本はしっかりと押さえておこうとの戦略的判断なのか。あるいはアーミテージが言うところの「まったく知日派のいない政権」であるから、そもそも日本に対する関心や知識がないので、とりあえずこれまでと同じことをやっているに過ぎないのか。なんだか私には、両方の側面があるような気がします。

 あと、知日派がいない問題ですが、まだ米議会での承認が遅れていますけど、これから国防次官にエルブリッジ・コルビーが就任予定ですよね(編集部註:その後4月9日に承認)。コルビーは子供時代を日本で過ごしていて、調布のアメリカンスクール(ASIJ)の出身です。だから宇多田ヒカルの先輩にあたるはずです。父親の仕事の関係で日本に住んでいたということで、本人は相当日本のことは詳しい。日本のいわゆる大物研究者とか役人たちと個人的な付き合いがある人です。ですから、コルビーが表に出てきた時、日本に対するハンドリングをどういうふうにしてくるのか、時間が経たないと見えてこない部分もあるかなと思います。

 

内田 はい。中国政策が重要であるということと、対日政策がまだ定まっていないという面があるという二点は、本当にその通りだと思います。私が2017年にハーバード大学のデイビスセンターというロシアを専門に扱う研究所にいた時も、議題はほとんど中国についてでした。ロシアの話はほとんどないというか、ほぼゼロでした。彼らの頭の中では当時から、外交政策で最も重要なのは対中国だというのは間違いないと思います。そのためにヨーロッパからアジアにピボットしようという面ももちろんあるでしょう。

日本政界の情報をリアルタイムで把握

小泉 ちなみに今回、アーミテージとはどうやって会えることになったのですか。いきなり「会いたいです」とメールを送って会える相手ではないですよね。

 

内田 とあるシンクタンクで働いているアメリカ人を通じて依頼しました。いきなりはもちろん会えないですけど、アーミテージがその方の上司に当たるということで連絡をとっていただいて、1時間以上話すことができました。アーミテージ本人は知日派ですので、日本の政権内での動きを私よりも詳細に語っていました。

 

小泉 今でもアーミテージのところには日本政界の情報がリアルタイムで伝わっている感じですか?

 

内田 はい、それは間違いないです。

 

小泉 恐ろしいものですね。アーミテージ自身は日本語ができるわけでもないし、ずっと日本に住んでいたわけでもないのに、やはりアメリカのジャパン・ハンドラーと言われる人のところにはそのぐらい情報が常に伝わっているということですね。

 

内田 そうですね。日本の政権内部の力学にとどまらず、日本の世論調査の結果も小数点第一位ぐらいまで彼は知っていました。そういった公開情報も本当に細かく見ているのだなと思いました。

 

小泉 ぜひ、我々ROLESで行っている外交安保に関する世論調査「SAFERプロジェクト」の結果もアーミテージに見てもらいたいですね。我々は核武装の是非みたいな際どい設問も入れて調査しているので、結果には日本独特の感覚が相当出てきます。日本人の安保に対する世論、対米関係、対中関係、対ロ関係まで、継続的に聞いている世論調査はあまり他にないと思います。

 

内田 面白いかもしれないですね。では友人のそのシンクタンカーを通じてアーミテージに送ってみて、何かリアクションがあればご報告することにしましょう。

 

小泉 ちなみにSAFERとは「Security, Alliance, and Foreign Engagement Research」で、「より安全に」という頭文字になるように無理やり考えたのですが、きちんとした世論調査の専門家を交えて行っています。日本語版と英語版があるので、ぜひ色々なところで活用してもらいたいと思っています。

トランプ政権に不満を漏らす伝統的共和党議員も

内田 前回の動画と合わせて私がお伝えしたかったのは、まずウクライナに関しては、トランプ政権がどういう態度を取ろうが、日本はウクライナをしっかり下支えするべきだというのが元政府高官の考えだということ。もう一つはアーミテージが言うように、日米同盟というのは日本にとってだけではなくアメリカにとっても重要なので、今後も深化させてほしいと。この二つが大きなメッセージですね。

 現在ロシアとの交渉で、キース・ケロッグが担当から外されて、スティーブ・ウィトコフが出てきました。ケロッグについてはウクライナ寄りだとしてロシア側が拒否したとされますが、そうではなくて、彼は元軍人でハード・ネゴシエーターだから、もっと話しやすいビジネスマンのユダヤ人であるウィトコフを連れてきた。ロシアに有利なようにどんどんこう進んでしまっているわけです。

 日本は日本で、もちろんアメリカと全く真逆のことをやるのは難しいかもしれないですけど、独自の外交方針として考えるべきことは考えた方がいいと思います。

 

小泉 今回の内田さんの米国出張の話を聞いていると、アメリカの人たちが日本に対して「我々の国はちょっと今あれだけど、一時のことだから何とか耐えて、今まで築き上げてきたものを維持していこうぜ」と言っているような感じがします。本当に一時のことなのかどうかは、もうちょっと見極めが必要だと思いますが。でも、何とかこれまでの秩序とか、日米関係を維持しようと頑張っている人たちがいることはよくわかりました。

 

内田 ワシントンDCでも、もう報道に出ているように、ウィルソンセンターが閉鎖されそうになっています。閉鎖の可能性が報道されたのは3月31日で、私も3月26日にウィルソンセンターに行ってきたのですが、そこで働く友人は荷物を片付け始めていました。同センターは100%アメリカ政府の資金で成り立っているわけではないのですが、政府はウィルソンセンターを閉じる方向で動いている。他にもアメリカ政府の資金で運営しているような組織は同じような境遇で、ワシントンDCの雰囲気としてはパニックに近いですね。非常にピリピリしている。西海岸に行けばまた全然雰囲気が違うと思います。

 一方で、小泉先生が今おっしゃったように、昔ながらの「レーガンスタイル」の共和党議員の人たちは、日米同盟はこれまで共通の価値観に基づいて世界秩序を作ってきたのだから、これからも継続すべきだと考えている人たちも実は多い。アメリカの政府高官が言っていたのですが、下院の外交委員会のメンバーも実はトランプ大統領がやろうとしていることに不平を漏らしているということです。これまでのやり方を踏襲しようとしている人たちはたくさんいるということですね。

 

小泉 はい。内田先生には今後とも、ご専門のコーカサスだけではなくて、アメリカウォッチも期待しております。どうもありがとうございました。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
小泉悠(こいずみゆう) 東京大学先端科学技術研究センター准教授 1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務を経て、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員として2009年~2011年ロシアに滞在。公益財団法人「未来工学研究所」で客員研究員を務めたのち、2019年3月から現職。専門はロシアの軍事・安全保障。主著に『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(同)。ロシア専門家としてメディア出演多数。
執筆者プロフィール
内田州(うちだしゅう) 東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)特任研究員。早稲田大学総合研究機構EU研究所研究院客員准教授、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター客員准教授、法務省出入国在留管理庁難民審査参与員を兼任。博士(国際公共政策)(大阪大学)。専門は国際政治、紛争研究、欧州・旧ソ連地域研究。在グルジア(現ジョージア)日本国大使館専門調査員、日本政府派遣 欧州安全保障協力機構/民主制度・人権事務所(OSCE/ODIHR)ジョージア大統領選挙国際監視団監視員、 ハーバード大学デイビスセンター客員フェロー、 コインブラ大学社会学研究所EUマリー・キュリー・フェロー、早稲田大学地域・地域間研究機構研究院准教授などを経て現職。主な著作に “Georgia as a Case Study of EU Influence, and How Russia Accelerated EURussianrelations.” (Rick Fawn eds., Managing Security Threats along the EU’s Eastern Flanks. Palgrave Macmillan, Springer Nature, 2019)、「文明の衝突を越えて――EUの倫理的資本主義とパブリック・リーダーシップ」(『ワセダアジアレビュー』No.24、明石書店、2022年)、「ジョージア:NATO 加盟に係るジレンマ」(広瀬佳一編『NATO(北大西洋条約機構)を知るための71章』、明石書店、2023年)、 「欧州のエネルギー安全保障:EUの戦略とラトビアの対ロシア依存問題」(中内政貴;田中慎吾編『外交・安全保障政策から読む欧州統合』、大阪大学出版会、2023年)などがある。
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