※お二人の対談内容をもとに、編集・再構成を加えてあります。
なぜトランプ大統領は「ロシア寄り」に見える態度をとっているのか
小泉 今回は、この4月からROLESに新しく加わっていただきました、内田州先生にお話を伺います。内田先生、まずは一言、着任のご挨拶をいただけますか?
内田 はい。4月1日からROLESに着任いたしました内田と申します。3月まで早稲田大学におりました。東京大学でも、なるべく一般の方に対してメッセージを発信できればと思っております。よろしくお願いいたします。
小泉 こちらこそよろしくお願いいたします。内田さんは本来、旧ソ連圏の国、特にジョージアをはじめとする南コーカサスがご専門ですけど、最近アメリカに出張に行ってこられたということです。アメリカ出張はどうでしたか。
内田 3月24日から27日までワシントンDCに行ってまいりました。小泉先生がおっしゃったように南コーカサスが専門ですが、アメリカの政策、特にウクライナを含めた対外政策について話を聞きに行きました。
正直に申し上げますと、非常に悲観的な感想を持って帰ってまいりました。
小泉 主にアメリカ政府のオフィシャルの人たちに話を聞きに行った感じですか?
内田 元政府高官と、現在も国務省で働いていらっしゃる方など、共和党員のみに限定して話を伺いました。
小泉 なるほど。そうすると、トランプ政権の考え方をシミュレートしてみようという思惑で行かれたわけですか。
内田 おっしゃる通りです。
小泉 ではちょっと、今回の出張の中のハイライトみたいなお話をいくつか教えてもらえますか?
内田 はい。まず、ロシアとウクライナの和平に関して、今のトランプ政権の外交方針は「ロシア寄り」に見えます。それについて、①和平交渉のテーブルにロシアを着かせるためにあえてそうしているのではないか、②ロシアをあまり刺激しすぎると中国に寄ってしまうからではないか、という私の仮説を全員に当てて、それぞれ見解を聞いてみたのですが、全員が否定しました。それがまず一つの驚きでした。
小泉 それはなぜでしょう。(ロシアが中国に寄っても)問題がないと思っているのですか。
内田 いえ、トランプ大統領はそこまで考えていないのではないか、ということです。私が話を聞いたのは現在トランプ政権の中枢にいる人たちではないのですが、彼らは基本的にトランプ政権に対して懐疑的・批判的です。なので、そもそもトランプ大統領が果たしてそこまで考えているのか、ということについて、かなり強い口調で否定していました。
小泉 ああ、なるほど、そういう論調ですね。
ウクライナに関する課題から、ただ単に立ち去る?
小泉トランプに懐疑的な共和党の人々が考える最大のリスク要因、一番心配していることは何でしょうか?
内田 ウクライナのことに関して言えば、これは元政府高官が言っていたことですが、シナリオとしては三つあるだろうと。「トランプ大統領はとにかく勝ち馬に乗りたいのだ」というのが彼の主張でした。
一つ目のシナリオは、ロシアに譲歩して不安定な平和を達成する。ただし、その後ウクライナがどうなるかは分からない。二つ目は、この課題から立ち去る。三つ目は、30日以内に欧州が本気で立ち上がってロシアを押し返すような動きがあれば、勝ち馬に乗りたいトランプが欧州の方に乗る可能性はある、ということです。ただ、おそらく一つ目か二つ目になるだろうという悲観的な言い方でした。
小泉 いずれにしても、トランプは勝ち馬に乗りたいのだという観察は面白いですよね。何か強力なイデオロギー的な背景とかがあるわけではなく、その時一番いい流れに乗りたい。なおかつ、できればアメリカからの持ち出しがない形が望ましいと。
その意味では、欧州は確かにロシアを押し返すほどの動きは示していないわけですが、それでもほんの数年前の欧州から比べたら信じられないくらい、独自防衛やウクライナ支援にコミットするようになっています。ロシア側も、決して戦局が思わしいわけではない。昨年の夏から攻撃しているドネツク州の要衝ポクロウシクでさえ、4月7日現在、結局半年以上経っても落とすことができていない。ものすごい犠牲を出しながら、去年1年間でようやくウクライナ領の1%を取ったというレベルです。ですから、必ずしもロシアが乗るべき「勝ち馬」には見えないような気もするのですが、その辺りはどうですか。
内田 そもそもトランプ大統領には強いリーダーと交渉したいという傾向があると、よく言われます。また、トランプ大統領がそこまで細かく戦況を分析しているかどうか分からない。とにかく彼はロシアが勝ち馬だと見ているのではないかというのが、そのアメリカの元政府高官の見方でした。
バンス副大統領がヨーロッパに対して抱く嫌悪感
小泉 なるほど。あともう一つ、トランプ自身は分からないけど、トランプを支持しているMAGA派の人たちの中には相当程度、宗教右派とか白人優位主義者とかがいるわけですよね。そういう人たちには、ロシアがイデオロギー的な同盟者に見えているという解説を時々見かけますけど、そういう話は出ましたか?
内田 元政府高官いわく、面白いことに、MAGA派の中でも例えば「エストニアが攻撃されればアメリカは擁護すべきだ」という人が6割程度いるのだそうです。MAGA派にも国際派の人はいて、一般的に言われているような宗教右派で「ウクライナなんてどうなってもいい」という人ばかりではない、というのが彼の主張でした。
小泉 なるほど、それは通俗的なMAGA派のイメージから若干離れていて、なかなか複雑なものだと感じます。一方で、やはり今トランプは、欧州防衛やウクライナ支援に関して非常に冷淡な姿勢であると評価されていますよね。トランプの岩盤支持層がみんな「ヨーロッパなんてうっちゃってしまえばいい」とまで思っているわけではないにしても、やはりJ・D・バンス副大統領の発言などには、「ヨーロッパの連中は自分たちの安全保障なのに真面目にやっていない」「アメリカの軍事力とか経済力にタカろうとしている」というような、嫌悪感みたいなものが見えます。
内田 ええ、アメリカにとって欧州は負担であって、フリーライダー、つまりアメリカが提供する安全保障にタダ乗りしていると。トランプ大統領自身がそういう発言をしていますし、それをそのまま信じている人たちがMAGA派に多いのは事実だと思います。
小泉 この前のフーシ派に対する攻撃の時、バンスたちが『シグナル』というメッセンジャーアプリで作戦会議をしていて、そこに『アトランティック』という雑誌の編集長が間違って入ってしまっていたという、極めて間抜けな事件がありました。あの時の彼らの会話、その中でも特にバンスの物の言い方を見ると、すごい嫌悪感というか、とにかくヨーロッパのやつらが嫌で嫌でしょうがない、という感じがある。何が彼をそこまで嫌悪させるのか。それは「同盟負担」とかいう綺麗な言葉ではなくてそれこそ「タカられている」、極めて不道徳でだらしないやつらに付きまとわれている、というニュアンスを僕は読み取ってしまいます。
内田 ワシントンDCで色々な人と話して感じたのですが、トランプ大統領にはそこまで強いイデオロギーがあるわけではなく、ポピュリスト的に動いている。一方、バンスにはおそらく強いイデオロギーがあって、彼は本当にそういうふうに信じているのだと思います。ミュンヘンでの安全保障会議でも演説しましたけれども、あれは彼の信条でしょうから、トランプよりバンスが大統領になることの方が怖いと言う人もいました。
小泉 確かに、さっきのトランプが勝ち馬に乗ろうとしているとの説は、結局トランプは利益追求型の人物だという意味ですよね。彼にとってイデオロギーはおそらく道具に過ぎないのでしょう。かたやバンスはもっとずっとイデオロギッシュです。彼もおそらく将来はアメリカ大統領に立候補するのだと思いますが。
アメリカが今後どういう国になるかというのは、日本の安全保障課題そのものですね。他方で、直近の問題として、トランプ政権が少なくともあと3年半ぐらいは続くわけです。さっきのお話では、ウクライナ政策には三つのオプションがあるだろうとのことでした。勝ち馬であるロシアに乗るか、単に立ち去ってしまうか、あるいはヨーロッパが本気になったらヨーロッパを勝ち馬とみなすか。オプション1と3についてはよく言及されますが、よくよく考えたらオプション2の「単に立ち去ってしまう」というのも、いかにもありそうですよね。
内田 はい。残念ながらありそうな感じが少ししてきたと思います。
日本へのメッセージ
小泉 4月7日現在、世の中の話題が「トランプ関税」一色になってしまっていて、ウクライナの停戦交渉の話とか、世間ではすっかり忘れていますよね。
内田 そうですね。皆さん、自分の足元で生活費が上がるかどうかという方に関心が向いていると思います。
小泉 実際、僕も「積立NISAの残高をどうしてくれるんだ!」と強く思いながら今日この話をしているのですけど(笑)。
これからトランプがウクライナ問題に関心を戻してくるか、という軸から考えないといけない感じがしてきます。
内田 私が会った元政府高官は、「これは個人的にはいい考えだと思わないけども、やはりノーベル平和賞か何か、トランプ大統領に何かしらのインセンティブを与えない限りは動かないだろう」という言い方をしていました。
また、彼は、日本政府と日本人へのメッセージとして、アメリカの現政権がどのような立場を取ろうが、日本はウクライナを支援すべきであると言っていました。欧州や日本、オーストラリアといった国々がウクライナを下支えしなければ、ウクライナが負けて、武力による現状変更という行為がある種のデフォルトになってしまう。そうすれば欧州での戦争が東アジアにも来る可能性はもちろんあるわけです。日本としては同盟国であるアメリカの現政権の動きは無視できないし、難しい舵取りを迫られることはわかっているけど、それでもウクライナを支えるべきだと強く言っていました。これは非常に重要なメッセージだと私は思います。
小泉 本当にそうですね。アメリカが日本に対して「ちょっと今おれたちはできないからよろしく」と言っている感じもします。日米がそういう関係になるとは、あまり想像しませんでしたよね。これまでは逆に日本がアメリカに対して「すみません、うちは憲法9条もあるのでちょっとできません」と言っていたのが、ずいぶん立場が逆転した印象です。
内田 そうですね。欧州ではスターマー英首相もマクロン仏大統領も、一生懸命に有志連合を作ろうとしています。ただしアメリカの元政府高官は、ヨーロッパのマインドセットは確かに変わったかもしれないが、おそらくまだ1年から5年ぐらいかかるだろうし、それでは遅すぎると言っています。トランプ大統領の動きと、現実の戦争の動きを見れば、あまりにも遅いということをヨーロッパに対しても常々言っているということでした。当然ヨーロッパの側でも制度的な制約などがあって、そんなに早くはできないだろうと思いますが、それでも急がないといけないと伝えている、と。
小泉 貴重な現地報告、どうもありがとうございました。