ROLESCast #018
内政不安に揺れるジョージア:その現状と今後の展望

執筆者:小泉悠
執筆者:内田州
2025年3月18日
エリア: ヨーロッパ
親ロシア傾向を強めるジョージア政府に対し、国民が反発してデモを行うなど混乱が続いている。ジョージアの政治状況の行方とコーカサス地域への影響について、東京大学の小泉悠准教授と早稲田大学の内田州准教授が議論する。「先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」の動画配信「ROLESCast」第18回(2025年1月14日収録)。

※お二人の対談内容をもとに、編集・再構成を加えてあります。

 

小泉 本日は政情不安が続いている旧ソ連のジョージアについて、早稲田大学の内田先生にお話を伺います。昨年10月の議会選挙以来、傍目にはずっと情勢が不安定化しているように見えるわけですが、この不安定状況の根本的な要因は何なのでしょうか?

 

内田 昨年10月26日の議会選挙について、西側は不正があったと主張しています。ただし、OSCE(欧州安全保障協力機構)の報告書は非常に抑制的なトーンで、選挙結果が不正によってひっくり返されたとまでは言及しておらず、「小さな不正がいくつかあった」と書いてあります。

 それよりも根本的には、外交方針に関して大きくロシア寄りに舵を切ったことへの不信感、不安感が国民にあって、それに対する抗議だと見ていいと思います。

 

小泉 イラクリ・コバヒゼ首相がEU(欧州連合)への加盟方針を当面延期すると表明し、ロシアと繋がりの深い実業家(※後出のイヴァニシヴィリ元首相)の影響が指摘されていますよね。EUが懸念しているジョージアのロシア傾斜は、イデオロギー的な理由で起きているのでしょうか。それとも経済的利権や政治的コネクションといった理由が強いのでしょうか。

 

内田 両方あると思います。2008年の武力紛争を経て、ジョージアとしてはやはりロシアを不必要に刺激したくないという思いもある。一方で、(現与党「ジョージアの夢」創設者で元首相の)ビジナ・イヴァニシヴィリ氏は実業家としてソ連崩壊後のロシアで巨万の富を築いた人物ですので、クレムリンの意向に忖度しているということは大いに考えられます。

プーチンを模倣した大統領‐首相間の権力移譲

小泉 イヴァニシヴィリの大邸宅は日本人の建築家が作ったらしいですね。

 

内田 その通りです。

 

小泉 市内のどこからでも見える巨大な家で、私も以前トビリシに行った時に「なんかすごい建物が見えるな」と思っていたところ、後になってイヴァニシヴィリの邸宅と知りました。

 ところで、私みたいに旧ソ連の軍事を専門に研究している者から見ると不思議に思うことがあります。ご指摘の2008年のロシアとの軍事紛争は、フランスの仲介があったから5日で止まったものの、それがなければジョージアがもっと押し込まれていた可能性もありますよね。ジョージアにとってロシアは仇敵という見方もできる気がしますけど、どちらかというと刺激したくないという気持ちが先に立つということですか。

 

内田 国民はロシアを仇敵と思っているでしょう。刺激したくないということも当然あるでしょうが、やはりイヴァニシヴィリが自分の保身のためロシアに忖度しているという要素が大きいと思います。これは西側も指摘していますし、昨年12月末にはアメリカがイヴァニシヴィリ個人に対する制裁を発動しています。

 

小泉 ジョージアの内政について非常にわかりにくいのが、議会選挙後の混乱の中で大統領選挙が行われたわけです。しかもこの大統領選挙の方式も、従来の直接選挙制から、議会が大統領を選ぶ形に変わっています。この辺の事情をご説明いただけますか。

 

内田 そもそも現与党「ジョージアの夢」が政権を取るまでは、大統領に強大な政治的権力がありました。ところが2013年まで大統領を務めたミハイル・サーカシヴィリが、大統領の権限を首相に移した上で自分が首相になって権力を維持しようとした。それに失敗して、首相に権限が移ることになったタイミングで「ジョージアの夢」が勝利しイヴァニシヴィリが首相に就任しました。現在も大統領ではなく首相が実質的な政治権力を持っています。

 おっしゃる通り、もともと大統領は直接選挙で選ばれる形だったのですが、与党が自分たちの意向に沿う人物を大統領に据えるべく法律を改正し、議会が現在のミハイル・カベラシヴィリ大統領を選出しました。

 2024年12月29日にカベラシヴィリ氏の大統領就任式がありましたが、現在も多くの国民は前代の大統領であるサロメ・ズビラシヴィリという女性が正統な大統領であるとして、カベラシヴィリ大統領を認めないという立場です。

 ですので、国民から見れば、大統領が2人いるような奇異な状況になっている。ズビラシヴィリ氏は親欧米的なレトリックで「ジョージアの夢」を批判していますので、与党からすれば、そういう大統領を排除すべくカベラシヴィリ氏を大統領に任命しました。

 

小泉 アルメニアなどもそうですけど、大統領と首相がいる国で、どちらか実権を持っている方の任期が終わりに近づくと、もう一方に権力を移して政権の延命を図るという現象が見られます。旧ソ連で最初にこの方法をやろうとしたのがサーカシヴィリでしょうか。

 

内田 いや、おそらくロシアだと思います。ウラジーミル・プーチン大統領が2008年に任期を終える際、ドミトリー・メドベージェフ首相を大統領につけて自分は首相に就任しました。サーカシヴィリはロシアから教訓を得て「こういうやり方があるのか」と考えたのでしょう。ジョージアが南オセチアに進攻して戦争が起こったのがまさに2008年で、ロシアではメドベージェフが大統領、首相がプーチンでした。当然、実質的にはプーチンが国を動かしていたわけで、それを見ていたサーカシヴィリが模倣したと考えていいと思います。

「ベラルーシのような国になる」可能性も

小泉 そうか、大統領と首相の間でスイッチしながら権力を維持する方法の元祖は、たしかにプーチンですね。ただ、この方法で憲法の規定をバイパスして権力を維持しようとしたり、それに国民が反発をしたりということが旧ソ連圏で度々起こってしまっているのは、非常に悪いロールモデルだと思います。今のジョージアで大統領の正統性に疑義が呈され抗議運動が続いている状況は、安易なアナロジーかもしれませんが、やはりマイダン革命前夜のウクライナを想起してしまいます。

 現状は決して安定しているとは言えないものの、暴力闘争になっているわけではない。これからどこまで事態がエスカレートするのか、あるいはエスカレートせずに済むとすれば、どの辺りに落としどころが想定されているのでしょうか。

 

内田 もちろん現時点ではわからないのですが、やはり「ジョージアの夢」次第でしょう。ジョージアの元政府高官などにインタビューしますと、「今回の抗議活動は、2003年のバラ革命よりも規模が大きいのではないか」という話が出ています。私はそれを聞いて非常に驚いたのですが、一方で、「マイダン革命やバラ革命のようなことが起こるのか」と聞くと「起こらない」という返事が返ってきます。なぜなら「ジョージアの夢」は、2003年のバラ革命の時と比べて、より権力を掌握している上に、法執行機関の活動も非常に慎重に行われている。私がジョージアにいた2011~13年にも抗議活動が何度かありましたけど、その度に数名の死者が出ていました。ところが、今回はこれだけ大規模な抗議活動で死者はゼロです。

「ジョージアの夢」は、多数の犠牲者が出ると西側の介入を招くということはよくわかっていて、非常に抑制的にデモに対応し、うまくコントロールしている。このままエスカレートさせずにズルズルといくのではないかと思います。「ジョージアの夢」が与党として親ロシア的な外交方針を取り続ける方向性に、大きな変化はないのかなと。抗議活動を武力で弾圧して死者が出るということがなければ、徐々に国民も疲弊して、優秀な人たちは諦めて頭脳流出という形でヨーロッパに行ってしまう。そういった状況が起こるのではないかと思います。

 ジョージアの有識者に、「ジョージアは今後どうなりますか」と聞くと、「ベラルーシのようになるかもしれない」と言う人も結構います。

 

小泉 衝撃的な未来予想図ですね。私もジョージアに一度行ったことがあるのですが、街の端々にEU旗が立っていて、現地の人からロシアに対する非常に警戒的な意見も聞きました。そこからわずか10年くらいで、ベラルーシ化するかもしれないというところまで変わってしまうとは、すごく振れ幅が大きい感じがします。

 

内田 サーカシヴィリが2003年に権力を掌握する以前の1997年から、ジョージアではEU法と国内法を擦り合わせるなど、EU加盟に向けた準備を進めていました。2003年のバラ革命を経て、より西側寄りに向かっていこうという状況だったのが、ここ10年ぐらいで全く逆の方向に進んでいる。国民にとっては非常にショッキングな事態だと思います。

 

小泉 この振れ幅の大きさは、何に由来するのでしょう。統治機構の問題なのか、あるいは政治文化の問題なのか。

 

内田 政治文化の方が大きいと思います。やはり旧ソ連諸国では、共産主義の時代を通じて強いリーダーを求める文化が醸成されている。要は、自分たちの力では世の中を変えられないので、カリスマ的なリーダーを求めるというカルチャーがあると思います。

 そういうカリスマ的なリーダーとして初めにサーカシヴィリが出てきて、その後イヴァニシヴィリが出てきた。でも十数年前にイヴァニシヴィリが政権を取った時点では、ここまで顕著に親ロシア的な政策を取るとは国民にもわからなかったわけです。ロシアがウクライナを侵攻したことによってそれが顕在化した。国民も「ここまできたか」とびっくりしている状況です。ただ、こうなるともう権力を取り返すことはなかなか難しい。

 

小泉 旧ソ連諸国の人々にはアパシー(政治的無関心)と言うか、自分たちは無力だから強いリーダーを求めるしかないという感覚がありますね。そうして1人の強いリーダーに身を委ねてしまった結果、国を制御しきれなくなる。サーカシヴィリがモデルにしたというロシアが典型です。ジョージアもそれと同じ轍を踏んでしまっているのだとすると、旧ソ連地域全体に危険な政治カルチャーが埋設されてしまっているようにも感じます。

 

内田 はい、非常に危険だと思います。2010年初頭ぐらいには、ジョージアにもそろそろ西側のカルチャーが醸成されてきたのかなと感じましたけども、残念ながらそうではなかったということですね。

 

小泉 確かに、2010年初頭は私もちょうどロシアに住んでいた時期で、なんだかんだ言いつつロシアもずいぶん“さばけてきた”と感じていました。アメリカもロシアもガチャガチャ言い争ってはいるけど、さすがにお互い戦争する気はもちろんないのだろうと。そういう勝手な相場観を持っていたわけですが、それがいかに勝手なものだったのか、ここ数年で突き付けられているような気がします。

反転する南コーカサスの「反露・親露」地図

小泉 ただ、やはりジョージア国民は、この流れを良くないと思っている人の方が相対的に多いわけですか。

 

内田 そう思います。ジョージアの市民社会には大きく二つのグループがあると考えられています。一つ目のグループは、サーカシヴィリ政権はたしかに親欧米だったけど、一方で国民に対して圧政を敷いたので、ああいった政権はもうこりごりだというグループ。サーカシヴィリが南オセチアとの戦争を始めてロシアの介入を招き、結果としては南オセチアとアブハジアを完全に失った。あんな政権はこりごりだと。基本的には地方の高齢者がそういったグループに属します。

 一方、都会にいる若者はNATO(北大西洋条約機構)やEUに加盟する方針を堅持すべきだという人が多い。国民の3分の1が首都トビリシに住んでいますから、やはり過半数は西側寄り、親欧米で行くべきだと考えていると見て間違いないでしょう。

 

小泉 親欧米の権化みたいだったサーカシヴィリが、2008年の戦争を始めた張本人でもあるわけですよね。そのせいでリベラル派も「親欧米政策が絶対に正しい」とはなかなか言いづらい。そこにジョージアという国の難しさがあるのかなと思います。

 ちなみに内田先生は最近ジョージアに入国できているのですか。

 

内田 今年の3月ぐらいに行こうと思っていますが、ここ1、2年間は現地に行っていません。入ること自体に問題はないはずです。

 

小泉 南コーカサス地方ではアルメニアとアゼルバイジャンも含めて情勢が流動化していますが、現地の事情はなかなか日本に伝えられることが少ないですから、ぜひ今後も研究を進めていただければと思います。

 

内田 アルメニアがロシアから少し距離を取っていて、逆にジョージアがロシアに近寄っている。アゼルバイジャンはこないだの飛行機事故でロシアと少しギクシャクしている。これまでと全く違う地政学的な展開になっています。

 

小泉 南コーカサス3カ国の親ロシアと反ロシアが、オセロゲームのように全部入れ替わってしまった感じがしますよね。アルメニアとアゼルバイジャンの関係悪化は、ジョージアにも多少影響を与えたりしているのですか。

 

内田 あまり影響は受けていないと思います。むしろ、アゼルバイジャンとアルメニアが和解して国交が正常化することは、ジョージアの政府にとってはデメリットだと考えているはずです。和解によって地域の政情は安定しますが、現状アルメニア・アゼルバイジャン間では直通の道路も鉄道も使っておらず、全てジョージアを通って迂回しています。そういった物流からジョージアは経済的なメリットを得ているのに、両国が直接繋がってしまうとジョージアを通過する必要がなくなります。当然、地域が政治的に安定することはいいことだとジョージア政府も考えているでしょうが、経済的な点ではデメリットです。

 

小泉 特にアゼルバイジャン本国とナヒチェバンまでの回廊が本当に繋がってしまうと、トルコまで一気通貫になりますよね。

 

内田 そうです。アルメニア人でもトルコと行き来する人は一部いますが、その場合も一度ジョージアまで出て陸路の国境を通ってトルコに入ります。ジョージアとしては美味しいポジションにいるというのが正直なところです。

 

小泉 アルメニアとアゼルバイジャンの間にナゴルノ・カラバフ問題というトゲが刺さっていたことによって、ジョージアは南コーカサスの玄関口という立場にいられたわけですが、両国が和解したらそのトゲが抜けてしまうかもしれない。

 そういった大きな地政学的変動と国内情勢が混じり合って、ジョージアではダイナミックな動きになっている感じがします。これを果たしてダイナミックな動きとだけ見ていていいのか、という問題はありますが。日本ではなかなか伝えられない現地の状況が非常によくわかりました。

 

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
小泉悠(こいずみゆう) 東京大学先端科学技術研究センター准教授 1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務を経て、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員として2009年~2011年ロシアに滞在。公益財団法人「未来工学研究所」で客員研究員を務めたのち、2019年3月から現職。専門はロシアの軍事・安全保障。主著に『軍事大国ロシア 新たな世界戦略と行動原理』(作品社)、『プーチンの国家戦略 岐路に立つ「強国」ロシア』(東京堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(同)。ロシア専門家としてメディア出演多数。
執筆者プロフィール
内田州(うちだしゅう) 東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)特任研究員。早稲田大学総合研究機構EU研究所研究院客員准教授、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター客員准教授、法務省出入国在留管理庁難民審査参与員を兼任。博士(国際公共政策)(大阪大学)。専門は国際政治、紛争研究、欧州・旧ソ連地域研究。在グルジア(現ジョージア)日本国大使館専門調査員、日本政府派遣 欧州安全保障協力機構/民主制度・人権事務所(OSCE/ODIHR)ジョージア大統領選挙国際監視団監視員、 ハーバード大学デイビスセンター客員フェロー、 コインブラ大学社会学研究所EUマリー・キュリー・フェロー、早稲田大学地域・地域間研究機構研究院准教授などを経て現職。主な著作に “Georgia as a Case Study of EU Influence, and How Russia Accelerated EURussianrelations.” (Rick Fawn eds., Managing Security Threats along the EU’s Eastern Flanks. Palgrave Macmillan, Springer Nature, 2019)、「文明の衝突を越えて――EUの倫理的資本主義とパブリック・リーダーシップ」(『ワセダアジアレビュー』No.24、明石書店、2022年)、「ジョージア:NATO 加盟に係るジレンマ」(広瀬佳一編『NATO(北大西洋条約機構)を知るための71章』、明石書店、2023年)、 「欧州のエネルギー安全保障:EUの戦略とラトビアの対ロシア依存問題」(中内政貴;田中慎吾編『外交・安全保障政策から読む欧州統合』、大阪大学出版会、2023年)などがある。
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