保守新党が塗り替えたハンガリーの政治地図(下):ティサ党の特徴と政権交代へのハードル

執筆者:石川雄介 2025年3月27日
タグ: EU
エリア: ヨーロッパ
ティサには選挙や政策形成の核となる人材が不足している[1848年革命記念日に開かれたマジャルの演説会に集まった人々=2025年3月15日、ハンガリー・ブダペスト](C)AFP=時事
独立系世論調査機関Mediánの調査によれば、ティサは20~30歳代の若年層で過半の支持を獲得し、最近では40代にも支持を伸ばしている。かつて青年活動家による民主同盟であった与党フィデスは、支持基盤が中高年から高齢者層へと移行し、いまや「若者の党」とは言いにくい。他方でティサは30代・40代女性の支持が弱い。政策についてフィデスとの差別化は場当たり的で、マジャル氏の「ワンマンショー」からの脱皮に課題は多い。

 

 本稿の前半(上)では、ティサ党が欧州議会選挙後もハンガリー国民の支持を維持し続けている理由について、地方戦略、政治キャンペーン、SNS戦略の観点から分析を行った。ティサ党が引き続き支持を集めていることは確かであるが、その支持はどのくらい盤石なのか。具体的にどのような層から支持を得ているのか。また、ティサ党はどのような政策を掲げており、それはオルバーン首相率いるフィデスとどう異なるのか。後半となる本稿(下)では、ティサ党の支持の特徴とその政策、ティサ党が直面する課題といった点についての議論を深める。

ティサ党への支持とその特徴:「若者の党」はフィデスからティサへ

 ハンガリーの世論調査は、リベラル系から保守系まで多様な調査会社が存在し、調査機関によって結果に大きな差が生じることも少なくない。そこで、比較的中立的で信頼度が高いとされる独立系世論調査機関Mediánの調査結果を参照する。これまで議席を獲得していた政党のほとんどが議席獲得最低ラインの5%条項を満たしていない点も興味深いが、それと同時に与党フィデスの支持率低下とティサの支持率の急増という傾向が鮮明に表れている(図1)。

 図1:ハンガリーの主要与野党の支持率の変遷
出典:Mediánのデータをもとに著者作成 拡大画像表示

 ティサ党の支持拡大は依然として持続的に伸びている一方で、フィデスの支持は低下し続けている。オルバーン政権のラーザール・ヤーノシュ建設運輸大臣が2024年12月に「奇跡をもたらしたのはマジャル・ペーテルではない。我々(フィデス)が誤ったのだ」と述べたように、ティサ党の支持拡大の背景にはフィデスへの信頼の揺らぎがある19。大統領の辞任に発展した児童性的虐待関連の恩赦をめぐるスキャンダルや、近年のインフレ対応への不満に対し、フィデスは約1年が経過した現在もこうした懸念を払拭できていない。そのような状況の中で、マジャルは本稿の前半で述べた戦略を駆使し、2022年総選挙で野党統一候補の敗北に失望した有権者層をも取り込みつつある。

 もっとも、ティサ党には積極的な支持者も一定数存在するものの、与党でも既存野党でもない政党を選択する消去法的な要素が強い点は指摘すべきである。マジャルは時折、オルバーン首相を、2006年に失言によって国民の強い反発を招き、のちに退陣に追い込まれたジュルチャーニ・フェレンツ首相と対比させる。しかし、独立系メディア444.huが指摘するように、現在のマジャルの台頭はオルバーン首相自身の言動によるスキャンダルが直接の要因ではなく、オルバーンの支持基盤も依然として残っていることを踏まえると、マジャルへの支持は不安定なものである20

 よりミクロに見た場合、誰がマジャル率いるティサ党を支持しているのか。Mediánのマネージングディレクターであるハン・エンドレは、まず若年層の支持の厚さに注目する。Mediánの調査によれば、ティサ党は40歳未満の層で過半数を占め、40~49歳の層ではフィデスと拮抗している21。若年層が野党を支持する傾向は以前から見られていたため、この流れ自体は新しいものではない。しかし、ティサは従来の20~30代にとどまらず、40代まで支持を広げている点が新たな動向であると、ハンは分析する。かつて青年活動家による民主同盟であったフィデスは、党の主要政治家の高齢化22とともに支持基盤が中高年から高齢者層へと移行し、「若者の党」とは言えなくなりつつある。そうした中で、ティサが若年層の支持を集める新たな受け皿となっている。

 加えて、ハンは、ティサが従来の野党とは異なり、女性、とりわけ30代や40代の女性からの支持が少ない点を指摘する。HVGが論じるように、政権交代を希望する割合に男女差は見られない23。マジャルのSNS戦略が30代や40代の女性にあまり訴求していない可能性や、オルバーン政権によるDV疑惑をはじめとする積極的な個人スキャンダル攻撃によって、この層にはマジャルのイメージがあまりよく映っていない可能性などが考えられる。

ティサ党の政策:オルバーン政権との相違

 若者を中心に幅広い層と地域から支持を獲得しつつあるティサ党であるが、同党はどのような政策を掲げているのだろうか。欧州議会選挙の公約やこれまでのマジャルの発言を勘案すると、ティサ党は対EU(欧州連合)関係や国内の設備投資においては重要な政策の方針転換を掲げる一方で、ウクライナ支援やLGBTQ+(性的少数者)に関する施策などにおける変更は最小限に留めるか曖昧な態度をとっている。

 まず、マジャルは汚職防止、公共メディアの独立および法の支配の回復を通じてEUと緊密な関係を築いていく必要があると述べ、「今日のハンガリーは家族経営の有限会社だ」とオルバーン政権の姿勢を強く批判している24。昨年の欧州議会選挙に際して発表されたティサ党の公約には、「我が国に支払われるべき(だが、オルバーン政権の法の支配に関する懸念から支払いが一時停止されてしまっている)EUの何兆ドルもブリュッセルから取り戻す」と記載されている25。また、ハンガリーのNGO「K-Monitor」の調査によれば、対ロシア制裁の維持やユーロ導入についても賛成しており、オルバーン政権とは異なる姿勢を示している(表3)26。国内政策では、夏以降のマジャルの政治キャンペーンから容易に推測できる通り、医療施設や児童施設に関する設備投資が掲げられている。オルバーン政権下での設備投資の不足が指摘されている中で27、フィデスとの差別化を図りたいとのマジャルの思惑が透けて見える。

 他方、与党フィデスとティサ党の政策的な立ち位置が近い、もしくは政策の違いがはっきりとはしていない分野も多い。ロシア・ウクライナ戦争に関して、両党はともにウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟や武器援助に反対している。ウクライナのEU加盟については、フィデスが反対する一方でティサは加盟そのものには賛成だが、バルカン諸国が先に加盟すべきだという留保もつけている28

 また、ティサ党は、労働基本権及び社会権のEUレベルの規制に反対しており、オルバーン政権がとる反LGBTQの姿勢についても、政権からの批判を避けるためか、「現時点で最も重要な問題ではない」として曖昧な態度をとっている。独立系メディア444.huがマジャルへのインタビューを「マジャルはオルバーンとどう違うのかと尋ねられ、オルバーンのように話し始めた」と表現したように、フィデスとティサの違いがはっきりとしない政策は少なくない。

 表3:フィデスとティサの主要論点の比較
出典:K-Monitorの分析および最新の声明に基づき筆者作成 拡大画像表示

ティサ党が抱える課題:立候補選定、党組織の拡大、与党による選挙区改正

 ティサ党が今後も党勢を維持し続け、政権交代を成し遂げる可能性はどの程度あるのだろうか。支持が低迷しているとはいえ、2010年から15年近く続いてきたオルバーン政権の存在感は依然として大きい。現在のティサ党には少なくとも大きな課題が3つあると考えられる。本稿の締めとして、そうした課題を整理したい。

 第一の課題は、立候補者の選定である。欧州議会選挙で躍進したティサ党であるが、ハンガリー議会では現時点で議席を有していない。政権交代を目指す場合、大量の候補者を擁立する必要がある。2024年10月23日に次回総選挙にティサ党から出馬する候補の募集を始め、まもなく候補者が発表される予定となっている。欧州議会選前には、与党からの引き抜きが報道されていたが、公募では政治家や過去の立候補者を除外し、コミュニケーション能力やカリスマ性、財団や協会、地方自治体でのリーダーシップ経験を持つことが求められているため、候補者の選定は容易ではないだろう。独立系メディアTelexは候補者選定を「これまでで最も困難な任務」と指摘する29

 関連して、ティサの党支援コミュニティ「ティサ・アイランド(TISZA Sziget)」と地元住民の架け橋となるような党組織の強化は、第二の課題となる。2025年以降、マジャルは選挙において中核となる人材の確保を進めてきた。今年2月には、ティサ党のオペレーション・マネジメント業務がラドナイ・マールク副代表からポーシュファイ・ガーボル(これまでは世界最大のスポーツ用品店「デカトロン」のハンガリー事業部長を務めていた)に引き継がれ、ラドナイ副代表は党のコミュニティ形成やイベント運営に注力することが発表された。

 また、社会党所属の政治家を父親に持つトート・ペーテルが選挙対策本部長に着任した。野党の無力さを痛感して「6年間政治に関わっていなかった」と述べたトート本部長は、経済学者としての経歴とともに、無所属の政治家を中心に選挙活動を長年支援してきた経験を持つ30。さらに、最近ティサ党への支持を表明したハンガリー国防軍元参謀総長のルシン=センディ・ロムルスに対しては、党の国防担当のポストが検討されているとの政府寄りのメディアの報道もある31

 政治は一人では担えず、大臣や副大臣候補、党組織の各役員を揃えなければ、仮に政権交代を成し遂げたとしても政治を動かすことは難しい。マジャルが国民から広く支持を得るだけでなく、選挙や政策形成の核となるポジションにおいて優秀な人材を確保し、党運営の一部を委ねることで「ワンマンショー」から脱することができるかどうかが、今後の一つの鍵となる。

 最後に、ティサ党自身でコントロールできない話ではあるが、与党による選挙区改正も課題となる。国政選挙においては、ゲリマンダリング(政権与党による恣意的な選挙区割りの決定)により野党が優勢な選挙区が減らされる一方で、与党に有利な選挙区が増やされている。最近ではブダペストの選挙区割りが結果としてフィデスに有利となる形で変更された。このため、2026年に予定されているハンガリー議会選挙において、ティサ党は欧州議会選挙と比較して不利な戦いを強いられる可能性が高い。

 マジャルの戦略はこれからも効果的であり続けるのか。そして、フィデスはそれに対してどのような対抗策を講じるのであろうか。マジャルの台頭とフィデスの苦戦という構図は明確になってきたものの、2026年の総選挙まで残り約1年となったハンガリー政治の行方はまだわからない。

 

19 Anna Sára Pupli. "Lázár János: Nem Magyar Péter hozta el a csodát, mi követtünk el egy hibát," Telex, December 9, 2024, https://telex.hu/belfold/2024/12/09/lazar-janos-egyenes-beszed-mav-epitesi-es-kozlekedesi-miniszter.

20 Attila Tóth-Szenesi, "A mai Fidesz csak Magyar Péter fejében azonos a 2008-as MSZP-vel," 444.hu, January 15, 2025, https://444.hu/2025/01/15/a-mai-fidesz-csak-magyar-peter-fejeben-azonos-a-2008-as-mszp-vel.

21 Judit Windisch, "A fiataloknál tarol a Tisza, a Fidesz a 30 év alattiaknál csak 11 százalékon áll," 444.hu, November 6, 2024, https://444.hu/2024/11/06/a-fiataloknal-tarol-a-tisza-a-fidesz-a-30-ev-alattiaknal-csak-11-szazalekon-all.

22 Cseke Balázs, "Vagány fiatalokat szeretne Orbán Viktor, de már nem jönnek Rogánok és Szijjártók az utánpótlásból," Telex, August 8, 2024, https://telex.hu/belfold/2024/08/08/orban-viktor-vagany-fiatalok-fidesz-generaciovaltas.

23 Endre Hann and Réka Nagy, "A harmincas, negyvenes nők megnyerése az egyik nagy kihívás Magyar Péteréknek," HVG, December 19, 2024, https://m.hvg.hu/360/20241219_hvg-median-tisza-nok-fidesz-partfreferencia-nemek-korosztaly-iskolazottsag.

24 Dorina Galicza and Tibor Lengyel, "Összeraktuk Magyar Péter választási programját a beszédeiből és országjáró fórumaiból," HVG, May 7, 2024, https://hvg.hu/360/20240506_magyar-peter-program-igeretek-valasztas.

25 "Tégláról Téglára Vesszük Vissza a Hazánkat," Tisza Párt, accessed March 4, 2025, https://www.magyartisza.hu/tisza-part-21-pontja.

26 "Hesitant Ahead of European Elections Next Sunday? Voksmonitor Is Here to Help!," K-Monitor, May 29, 2024, https://k-monitor.hu/article/20240529-hesitant-ahead-of-european-elections-next-sunday-voksmonitor-is-here-to-help.

27 川上珠実、服部正法「「国家が家族守る」 GDPの5%投じる、ハンガリーの“政策介入”」(毎日新聞、2022年1月27日), https://mainichi.jp/articles/20220127/k00/00m/030/234000c.

28 Tamás Botos, “Megkérdezték Magyartól, hogy miben különbözik Orbántól, mire úgy kezdett beszélni, mint Orbán.” 444.hu, October 17, 2024, https://444.hu/2024/10/17/megkerdeztek-magyartol-hogy-miben-kulonbozik-orbantol-mire-ugy-kezdett-beszelni-mint-orban

29 Cseke Balázs, "106 jelölt, 106 potenciális hiba – eddigi legnehezebb feladata előtt áll Magyar Péter," Telex, October 25, 2024, https://telex.hu/belfold/2024/10/25/magyar-peter-tisza-part-106-egyeni-valasztokeruleti-jelolt-kereses-2026-parlamenti-valasztas.

30 "Tóth Péter, a XIII. kerületi MSZP-s polgármester fia lett a Tisza Párt kampányfőnöke," Népszava, January 22, 2025, https://nepszava.hu/3265840_toth-peter-tisza-part-kampanyfonok.

31 Szabolcs Szalai, "Ruszin-Szendi Romulusz lehet a Tisza Párt honvédelemért felelős szakpolitikusa," Híradó, February 14, 2025, https://hirado.hu/belfold/cikk/2025/02/14/ruszin-szendi-romulusz-lehet-a-tisza-part-honvedelemert-felelos-szakpolitikusa.

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
石川雄介(いしかわゆうすけ) 公益財団法人国際文化会館 アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)/地経学研究所 研究員 兼 デジタル・コミュニケーション・オフィサー。1995年名古屋生まれ。明治大学政治経済学部卒、英国サセックス大学大学院修士課程(汚職とガバナンス専攻)修了、ハンガリー・オーストリア中央ヨーロッパ大学大学院修士課程(政治学)修了。トランスパレンシー・インターナショナルのハンガリー支部でのリサーチインターン、APIでのインターン(福島10年検証プロジェクト)及びリサーチ・アシスタント(CPTPP・検証安倍政権プロジェクト)等を経て現職。専門は、ヨーロッパ比較政治、現代日本政治、政策過程論、ガバナンス、教育と政治、反汚職政策。
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