USAID凍結の余波は日本のNGOにも及ぶ

執筆者:草生亜紀子 2025年3月13日
エリア: ヨーロッパ
ウクライナ北部チェルニヒウの幼稚園では、いまも毎日のように地下シェルターに篭る生活が続いている(ユーゲニア園長=写真提供:ピースウィンズ)

 サラリーマンを卒業してから、国際人道支援NGOピースウィンズの「見習い」を始めた。今回はUSAID(アメリカ国際開発局)凍結が日本のNGOにもたらした混乱について、事態は流動的ながら、書ける範囲で記してみたい。

 トランプ政権がUSAIDの解体を進め、2月末までに世界各地で進めてきたプロジェクトの90%を中止することを決めるなか、その影響は日本のNGOにも及んでいる。

 1月下旬、大統領令を受けて、ピースウィンズにも「USAIDの活動を90日間停止する」というメールがUSAID事務局から届いた。ピースウィンズはこの時、USAIDをはじめとするアメリカの対外資金援助を受けてイラクとケニア、日本国内で事業を行なっていた。イラクでは3万人以上のシリア難民に職業訓練を行い、仕事に就けるよう必要な道具を貸し出すプロジェクトを行なっていた。ケニアでは、アメリカの助成を受けたUNICEF(国連児童基金)の委託団体として難民キャンプで暮らす人々が安全な水を手に入れられるよう給水事業などを行なってきた。そして日本国内では後述するような防災事業を行なっている。3事業合わせて年間4億円規模の大きなプロジェクトなだけに、海外事業部は対応に追われた。

 なにせ最初に届いたメールは「活動一時停止」というだけで、90日間の停止の間、現地スタッフの雇用などどうすればいいのかわからない。問い合わせをしようにも2月1日にはUSAIDの公式サイトがアクセス不能になり、担当者のメールも使えなくなった。2月4日にはUSAIDの海外駐在員に対して30日以内の帰国を命じる通知が届いたという。資金援助がなければ事業継続が難しいため、NGOによっては涙をのんで現地スタッフを即刻解雇したところもあったが、ピースウィンズは事前通告など現地の労働基準法を守りながら対応を手探りしている。

世界で1万件の事業の「終了」

 当面の活動に自己資金を充てたり、他からの資金援助を得るなどして2月を乗り切ったところで、3月はじめ、上記3つの事業について「一時停止」ではなく「終了する」という連絡が届いた。このとき全世界で約1万件のプロジェクトが終了通告を受けた。

 日本国内でピースウィンズがUSAIDの助成を受けて2023年4月から行なってきたのは防災関連事業で、大きく分けて4種の活動があった。一つ目は、北海道から沖縄まで日本各地の地域住民を対象とした防災に関する講演や訓練への参加。救助犬捜索のデモンストレーションや防災グッズの使い方のレクチャー、心肺蘇生法の指導など、ピースウィンズの医療従事者も加わって行なってきた。二つ目は、行政職員や地域の防災リーダー向けの被災地での実地研修。災害を経験したことのない自治体職員を被災地に招いて、具体的に実体験から学んでもらう。三つ目は医師、看護師などの医療従事者や行政職員など災害時の初動対応者を対象とした訓練や研修。最後は、災害支援者同士のネットワーク拡大のためのイベントへの参加や企画・開催である。

救助犬捜索のデモンストレーション(写真提供:ピースウィンズ)

 この事業は今年12月末まで続く予定で、成果を上げていただけに担当チームは何とか事業を継続できないか模索を続けている。事業を担当するバビナ・スベトラーナは語る。

「災害の多い日本でこのプロジェクトはとても重要です。特に、自治体職員に被災自治体で研修を受けてもらう事業は大きな効果を上げています。研修を受けた人からは、『防災意識はあっても具体的に何をどうすればいいかわかっていなかった』とか、『防災準備の意味は頭でわかっていても、やり方がわかっていなかった。それが実際に被災した自治体職員の経験を聞いて具体的によくわかった』という声が寄せられています。ですから、他の助成金を得るなどして継続したいと考えています」

停戦の見通しが立たないウクライナ

 最後に私がチームの一員として関わるウクライナ支援事業の現状について少し触れておきたい。当初、トランプ政権の発足に伴ってウクライナでの停戦が成立するのではないかとの期待があったが、2月28日にホワイトハウスで行われた首脳会談が激しい口論で決裂し、3月3日にはトランプがウクライナへのすべての軍事支援を一時停止するなど、ウクライナの不安は増大した。その後、サウジアラビアでのアメリカとウクライナの協議で「停戦」が話し合われた模様だが、ロシアの出方を含め、先行きは見通せない。

 開戦以来ウクライナ国内で様々な人道支援を行なってきたピースウィンズは、北部チェルニヒウの幼稚園に新たな支援を届けようとしている。この幼稚園はロシアの攻撃で大きく損壊し、ピースウィンズはその建物を修復して再開を支援したが、再開後も頻発する停電によって、爆撃のたびに地下シェルターに避難する子どもたちが暗く、寒いシェルターで何時間も過ごさなければならないことを知った。そこで発電機を届けるためのクラウドファンディングを行うにあたり(無事、目標金額を達成)、ユーゲニア園長にオンラインで話を聞いた(https://global.peace-winds.org/journal/51225)。

暗い地下シェルターで長い時間を過ごす園児たち(写真提供:ピースウィンズ)

 1年半前にチェルニヒウで会った時と変わらない穏やかな笑顔を浮かべたユーゲニア園長だったが、子どもたちの様子を尋ねると「3歳くらいの子供は戦争のある暮らししか知りません。毎日のように地下シェルターに篭らないといけないし、戦場に行っている親や親戚の心配をしてストレスを溜めています。発散させてあげたいけれど、戦時下ではそれも思うようにできません」と語り、「毎日、毎日、子どもたちとその保護者の安全と無事の帰還を祈っています」と、静かに涙を流した。

 隣国モルドバに駐在してウクライナ支援事業を担当するピースウィンズの倉持真弓は、3年以上戦闘が続いていることで蓄積したストレスを大人からも子どもからも感じるという。「話していると、泣き出す人が増えたように思います。みんな心がギリギリの状態なのだと思います。これまで以上に心のケアを提供していく必要性を感じています」と語る(https://global.peace-winds.org/journal/51224)。

 ユーゲニア園長と、夫を軍隊に送り出した同僚をオンラインでインタビュー(https://global.peace-winds.org/journal/51233)したのは、ゼレンスキー・トランプ会談の前だった。あの前代未聞の決裂劇をウクライナの友人たちはいったいどんな気持ちで見つめたのか。それを考えると、かける言葉がみつからない。

カテゴリ: 社会
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執筆者プロフィール
草生亜紀子(くさおいあきこ) 翻訳・文筆業。NGO職員。産経新聞、The Japan Times記者を経て、新潮社入社。『フォーサイト』『考える人』編集部などを経て、現職。
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