極右・極左が独議会をブロックできる時代 AfD支持率がCDU・CSUを追い抜いた

執筆者:熊谷徹 2025年4月23日
タグ: ドイツ
エリア: ヨーロッパ
CDU・CSUとSPDは連立政権の樹立で合意したが、メルツ新政権の道程は険しい[ドイツ連邦議会での連立合意発表の記者会見に臨む(左から右へ)バイエルン州首相のマルクス・ゼーダー氏、CDU党首のフリードリヒ・メルツ氏、SPD共同党首のラース・クリングバイル氏、サスキア・エスケン氏=2025年4月9日](C)EPA=時事

 ドイツの次期連立政権を構成するキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)は4月9日、連立協定書について合意した。メルツ政権は5月に始動する見通しだが、選挙後CDU・CSUへの支持率は極右政党ドイツのための選択肢(AfD)に抜かれた。新政権の道程は険しいものになりそうだ。

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 フリードリヒ・メルツ次期首相は、軍備拡張・インフラ増強のために約1兆ユーロ(約160兆円・1ユーロ=160円換算)の資金を国債によって調達できるように、3月18日に連邦議会で憲法改正を承認させた。これまでドイツに厳しい財政規律を課していた、債務ブレーキと呼ばれる憲法上の規定を修正するためである。法案は連邦参議院でも3月21日に可決された。

 ただしこの憲法改正には、奇妙な点があった。2月23日の総選挙によって、次の会期(2025年~2029年)を担当する「新しい」連邦議会議員が選ばれているのに、メルツ氏は「古い」連邦議会(会期:2021年~2025年)で憲法を改正させたのだ。

 読者の中には、メルツ氏が「新しい」連邦議会ではなく、「古い」連邦議会で憲法を改正させたことを不思議に思う人がいるだろう。私が4月7日に東京で行った講演の中で、債務ブレーキ修正について説明した際にも、聴講者から「わざわざ古い連邦議会を使うのは、変ではないか」という指摘が出た。

 メルツ氏が「新しい」連邦議会を使わなかった理由は、極右政党AfDと極左政党・左翼党(リンケ)によって憲法改正案がブロックされる危険があったからだ。

 AfDとリンケは、軍備拡張のための債務ブレーキ修正に反対していた(AfDが反対した理由は、親ロシア政党であるため。ドイツの軍拡は、ロシアの脅威に備えるためのものだ)。

 両党は2月23日の総選挙で得票率を飛躍的に伸ばした。AfDの得票率は2021年の選挙での得票率(10.4%)から2倍に増えて20.8%になった。リンケの得票率は2021年の総選挙では4.9%で5%ラインに達しなかったので、同党は連邦議会で会派としては議席を獲得できなかった。だが今回は得票率を8.8%に増やし、会派として連邦議会に返り咲いた。

出所:ドイツ選挙管理委員会(2025年3月14日)より筆者作成 拡大画像表示

極右・極左政党が3分の1以上の議席確保

 この結果AfDの議席数は、前の会期の83議席に比べて約83%も増えて152議席となった。リンケは議席数が39から64議席に増えた。この結果、AfDとリンケを合わせると216議席となり、全議席数(630)の3分の1(210議席)を上回った。つまりAfDとリンケが反対した場合、憲法改正案は連邦議会で否決される。議席の3分の1を超える少数派政党を、ドイツでは「ブロック可能な少数派」と呼ぶ。

 連邦議会で憲法を改正するには、議席数の3分の2を超える賛成票が必要だ。しかし「新しい」連邦議会では、軍拡のための債務ブレーキ修正に反対する政党の議席数が、議席数の3分の1を超え、「ブロック可能な少数派」を形成した。つまりメルツ氏は「新しい」連邦議会に憲法改正案を持ち込んだ場合、議席の3分の2を超える賛成票を確保できず、否決される恐れがあった。

 そのような事態は、メルツ氏にとって破局である。防衛費増額とインフラ増強のための多額の債務を可能にするこの憲法改正法案は、メルツ氏にとって最初の試金石だった。メルツ氏が首相就任を目前にして、重要な憲法改正を極右政党と極左政党によって阻止された場合、彼の面目は丸つぶれになる。

 しかもCDUには、「極右政党AfDと極左政党リンケとは連立などいかなる政策協力も行ってはならない」という内部規則がある。

 そこでメルツ氏は、「古い」連邦議会に憲法改正案を持ち込んだ。CDU・CSU(196議席)、SPD(207議席)に緑の党(117議席)の議席を合わせると520議席となり、全議席数(735議席)の3分の2(490議席)を超える議席が確保できたからである。緑の党は初めの内は抵抗したが、メルツ氏が「インフラ特別予算の5000億ユーロの内、1000億ユーロを経済の脱炭素化に回す」と約束したために、同氏を支援することにした。メルツ氏の思惑通り、3月18日の票決で賛成票は議席の3分の2を超え、憲法改正は承認された。

 軍備拡張とインフラ増強のための国債発行が実際に行われるのは、「新しい」連邦議会の会期中だ。したがって本来ならば、2025年2月23日の総選挙で選ばれた議員たちが、この憲法改正案について判断するのが筋であるように思われる。「古い」連邦議会を使うのは違法ではないが、変則的である。ところがメルツ氏は、首相就任を目前に自分が提出した憲法改正案が、過激政党によって挫折するリスクを避ける道を選んだ。

2021年と2025年連邦議会選挙の議席配分の変化
出所:ドイツ選挙管理委員会(2025年3月14日)より筆者作成 拡大画像表示

「防衛事態宣言」「裁判官の承認」もブロック可能

 債務ブレーキの修正には成功したものの、来たるメルツ新政権にとって、極右政党・極左政党の議席が3分の1を超えたことは、目の上の瘤だ。ドイツでは議席の3分の2を超える賛成票が必要なテーマは、憲法改正だけではないからだ。たとえばドイツが外国によって攻撃された場合などに、連邦政府が憲法第115条aに基づいて「緊急・防衛事態」を宣言する場合には、投票総数の3分の2の賛成票が必要だ。

 また、上院に相当する連邦参議院が連邦議会の議決に異議を申し立てた場合、連邦議会がそれを否決する際にも、投票総数の3分の2の賛成票が必要だ。さらに連邦憲法裁判所の裁判官の承認にも、投票総数の3分の2の賛成票が必要である。AfDとリンケは、こうした票決を妨害することが可能になったのだ。

 このような事態が起きた原因は、伝統的な民主政党の得票率が低かったからだ。CDU・CSUのメルツ首相候補は、連邦議会選挙で30%の得票率を目標にしていたが、実際の得票率は28.6%で目標に達しなかった。SPDの得票率は19世紀の結党以来最低の16.4%に留まった。ショルツ政権を構成した緑の党、自由民主党(FDP)も得票率を前回に比べて大きく減らした。SPD、緑の党、FDPに不満を募らせた有権者の票はCDU・CSUに流れず、AfDとリンケに流れた。

 特に注目されるのは、若者の投票動向だ。世論調査機関インフラテスト・ディマップによると、2021年の選挙でAfDを選んだ18歳から24歳の有権者の比率は7%だった。だがこの比率は、今年2月の選挙では、3倍の21%に増えた。2021年の選挙でリンケを選んだ18歳から24歳の有権者の比率は8%だった。今年2月の選挙では3.1倍の25%に増えた。つまり多くの若者が伝統的な政党に背を向けて非伝統的な政党の下へ走り、極右・極左に二分化されたのだ。

出所:Infratest Dimap, FAZより筆者作成 拡大画像表示

選挙ごとに狭まるCDU・CSUとAfDの得票率の差

 AfDのアリス・ヴァイデル共同党首は2月23日の夜、「我々はもはや一地域の弱小政党ではなく、国民政党(フォルクスパルタイ)だ。次の選挙で、我々はCDU・CSUを追い抜く」と予言した。

 私は、メルツ氏が経済の立て直しに失敗し、市民の不満がさらに強まった場合、ヴァイデル氏のこの予言が2029年の総選挙で現実になる可能性があると考えている。2017年の総選挙では、CDU・CSUとAfDの得票率の差は20.4ポイントだった。だがその差は2021年の総選挙では13.8ポイント、今年の総選挙では7.8ポイントに狭まった。

出所:ドイツ選挙管理委員会(2025年3月14日)より筆者作成 拡大画像表示

初めてCDU・CSUを追い抜いた

 実は、債務ブレーキに関する突然の政策変更が原因で、CDU・CSUへの支持率が下落している。公共放送局・第2ドイツテレビ(ZDF)が3月21日に発表した世論調査結果によると、回答者の73%が「メルツ氏は有権者を騙した」と答えた。CDU・CSUの支持者の間でも44%が「メルツ氏は有権者を騙した」と答えた。今年3月上旬に行われた世論調査では、回答者の44%が「メルツ氏が首相になることに賛成する」と答えていたが、3月21日に行われた世論調査では、「メルツ氏が首相になることに賛成する」と答えた回答者の比率は37%に減った。

 フランスの世論調査機関イプソスが4月9日に公表した政党支持率調査によると、AfDへの支持率は25%で、CDU・CSU(24%)を上回った。全国レベルの政党支持率調査でAfDがCDU・CSUを抜いたのは、初めてだ。

 これらの数字は、メルツ次期首相の道程が極めて険しいものになることを示唆している。米国、英国、フランス、イタリア、ハンガリーなどを席巻した右派ポピュリズムの波は、ドイツの足元にも押し寄せ、水位は刻々と上昇しつつある。ドイツに住む外国人の一人として、私は2029年の総選挙の行方について強い不安を抱いている。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
熊谷徹(くまがいとおる) 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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