灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(88)

執筆者:佐野美和2020年2月16日
撮影年不詳ながら、義江との離婚、独り立ちを決意した頃のあき(自伝『ひとり生きる』(ダヴィッド社、1956年)より)

 捨てられた男に対する復讐とはどんなものなのか? あきは考える。

 その男以上に夢中になるものができたとき復讐は成立するのではないかと、ぼんやり思う。

 あきの場合、生活の糧とはいえ夢中になったのは、資生堂の仕事と、テレビ出演の仕事だった。

 正直、テレビの謝金(ギャラ)だけでは暮らしていくのは無理だと思うが、資生堂美容部長としての仕事にテレビ出演はプラスに働く。チェーンストアの女主人や美容部員たちが以前にもましてあきの講演を熱心に聞くようになったことが何よりもうれしい。あきの話を聞きたいがために加盟店に加わったという人もいるほどだ。

 あれだけ愛していると思った夫・義江のことでさえ「あら、元気かしら?」とたまに思い出すくらいで、前を向く自分の生活のあわただしさに日々は過ぎてゆく。

 

 オペラ『領事』の主演で4年ぶりに日本に帰国している砂原美智子のことが週刊誌に載る。『領事』の砂原は好評で再演も行ったほどだが、皆が知りたいのは義江との仲だった。

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