高市皇子が造営にいそしんだ「新益京」(藤原宮)(筆者撮影)
 

 8月28日、安倍晋三首相が、辞任を表明した。

 政策に対する評価は大きく分かれるし、酷評されることも多かったが、そもそも首相という職業は「憎まれてナンボ」だと思う。国民の知らない情報や難題に対処するために、はたから見れば理不尽と思えるような施策を打っていかなければならない。どれだけ非難されようと、孤独に耐えねばならないのだ。その点、安倍首相は、よく憎まれ、よく踏ん張ったと思う。

 そして、外交力はずば抜けていた。日本の首相の枠を飛び越え、世界の首脳から一目置かれていたし、頼りにもされていた。安倍首相が日本の存在感を高めたことは、間違いないし、少なくともこの点に関しては、功績として素直に認めるべきではなかろうか。

業績を積み重ねた「優秀な男」

 古代にも、惜しまれて政界を去って行った為政者は大勢いた。ただし、「できる」からこそ暗殺され、排除されることがしばしばだった。業績は記録されず、あるいは手柄を横取りされてしまってもいる。その中のひとりが、大津皇子だ。

 父・天武天皇崩御(天皇の死)の直後、大津皇子は謀反の濡れ衣を着せられ、殺された。叔母で天武の皇后だった持統(鵜野讃良=うののさらら)と藤原不比等の陰謀と考えられている。持統は息子・草壁皇子の即位を願ってライバルを消したのだろう。律令整備のために皇族だけで政治を動かす特殊な皇親体制をとっていたこの時代、皇位継承争いは熾烈を極めていた。即位すれば、強大な権力が転がり込んでくる。

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