直接会うことはおろか、歩み寄ることすらなかった(左・金正恩党委員長、右・安倍首相)

 

 安倍晋三首相の、約7年8カ月の対北朝鮮政策はどうだったのかを見てみよう。

置き去りにされた拉致問題

 第2次安倍政権は2012年12月26日にスタートしたが、安倍首相はその2日後の28日に拉致被害者の家族会メンバーと会った席上で、

「わたしがもう一度総理になれたのは、なんとか拉致問題を解決したいという使命感によるものだ。かならず安倍内閣で解決していくという決意で進んで行きたい」

 と決意を述べた。

 しかし結局、その7年8カ月後に辞意表明となり、拉致問題はまったく進展せず、1人の拉致被害者の帰国もなかった。拉致問題が解決できなかったことは「痛恨の極み」であるとしたが、「かならず安倍内閣で解決する」という公約は実現しなかったのである。

 安倍首相は辞任会見で、拉致問題への取り組みについて、

「ありとあらゆる可能性、様々なアプローチ、私も全力を尽くしてきたつもりであります」

「特にこういう外交はそうなのですが、御説明できませんが、言わば考え得るあらゆる手段を採ってきているということは申し上げたいと思います」

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