【特別連載】引き裂かれた時を越えて――「二・二六事件」に殉じた兄よ(13)戦塵のかなた見果てぬ夢
2020年10月24日
「幻想交響曲」(エクトル・ベルリオーズ作曲)に「野の風景」(第3楽章)という不思議な楽章がある。追い求めても手の届かぬ女への恋情に翻弄され、断頭台への道を生き急ぐ男に訪れる束の間の静寂の夢。
読むたびに連想を誘う記述が、本連載の主人公、青森出身の対馬勝雄少尉(陸軍歩兵第三十一連隊)の日記にある。
満州での戦闘が激しさを増していたさなかの1932(昭和7)年4月1日、奉天で書かれた日記の「余ノ個人生活ノ理想」という一節だ(『二・二六事件 對馬勝雄記録集「邦刀遺文」』所収)。
農の暮らしへの憧憬
〈余ハ故郷ノ平和ナル一部落ノ百姓トシテ暮シ得ンハ甚ダ満足デアル。余ハ敢ヘテ村長タルヲ希望シタイ。自ラ人生ヲ楽シミツゝソノ部落ノ自治助長、共存扶助ニツクシ且ツ文化ニ貢献スルニ力(つと)ムルノミデアル。シカモ日常国家的問題ニ注意ヲ怠ラズ推移ヲナガムルデアラウ〉
〈余ハ自作農トシテ最小限二町歩乃至五段部ノ土地ヲ有スレバ満足デアル。其内概ネ半分ヲ田トシ残リヲ畑地及宅地ニスルデアラウ。別ニ私有又ハ共有ノ山林等ガアレバ多々益ヲ弁ズルノミデアル〉
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