連載小説:裂けた明日 第2回

執筆者:佐々木譲2021年5月8日
写真提供:AFP=時事

テロ組織の女が訪ねてきたのではないか――? 身に覚えのない問いを受け、信也はそれを否定するが……。

 [承前]

 玄関先で彼らを見送っていると、入れ違いに坂道に入ってきた軽自動車があった。この地区の町内会の役員とその夫人が来たのだとわかった。町内の農家の夫婦だ。信也の書棚から有害図書が奪われたときも、ふたりはこの家にきて熱心に本を検分した。

 玄関前に車を停めて、ふたりが下りてきた。亭主のほうは、少し怪訝そうな顔でSUVが去っていく方向に目を向けている。

 亭主が信也に訊いた。

「いまのは、民防か?」

「ええ」

 信也はもう市道の先で小さくなっているSUVに目をやって答えた。

「何の用だって?」

「不審者情報ですよ。近所で見かけなかったかって」

「どうしてわざわざあんたのところに?」

「有害図書を摘発されたからだ、と言っていましたよ」少し皮肉のつもりだった。「わたしはマークされているんでしょう」

「そうだな」亭主は納得したようだった。「役場でも、組合活動やっていたんだし」

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