連載小説:裂けた明日 第3回

執筆者:佐々木譲2021年5月15日
写真提供:EPA=時事

民間防衛隊に追われる旧友の娘の訪問を受けた信也。その胸に過去の記憶が去来する。

[承前]

「まず上がって、奥で休んで」

「ありがとうございます」

 ふたりは、勝手口の三和土に身体を入れた。背中に荷を背負っている。娘は運動着のような服を着ていた。もしかすると、仙台からの道のりの大半を歩き詰めだったのかもしれない。幹線道路をはずれ農道や山道を使って。

 酒井真智が、娘だという子供の背を押して、靴を脱がせ、台所に上らせた。ついで自分自身も。信也は、裏庭で湯をわかしていることを思い出した。

 信也は酒井真智に訊いた。

「お腹は空いていない? うどんを茹でようとしていたんだ」

 酒井史子の娘となれば、他人行儀な口調は必要ないだろう。職場で、若い女性職員を相手に話していたときの調子でいいはずだ。

 酒井真智は少し顔を赤らめ、娘に目をやってから言った。

「ごちそうになります」

「ほかには何もない。素うどんだけど」

「外で火にお鍋がかかっていましたが」

「あれで茹でるところだった」

「手伝います」

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