連載小説:裂けた明日 第5回

執筆者:佐々木譲2021年5月29日
写真提供:時事

逃亡者となった母娘は、信也の想像以上に危険な境遇に置かれていた。二人のために何ができるのか、信也は思案する。

[承前]

 素うどんの夕食を三人で囲んだ。

 信也が、この家で他人と一緒に食事をすることなど、妻が死んで以来なかったことだった。

 乾麺はひとり分余計に茹でた。由奈がお代わりし、真智も残った半分を食べた。四人分では足りなかったと、信也は自分の誤りを意識した。

 食べ終えると、真智がていねいに言った。

「ごちそうさまでした」

 由奈も、信也に頭を下げて言った。

「ごちそうさま」

「由奈」と真智が椅子から立ち上がりながら呼びかけた。「後片付けを手伝って」

 いい、と言う間もなく、由奈も立ち上がった。

 ふたりが台所のシンクの前に立って、手際よく食器と鍋を洗った。

 テーブルに戻ってきたところで、信也は真智に言った。

「お母さんのことを、思い出す。いや、お父さんのことも。わたしは、ふたりと親しかった」

 真智が微笑した。

「母から何度か、沖本さんのお名前を聞いていました。アルバムには、お友達と写した写真が何枚もありました。広島とか、水俣とか、沖縄とか。沖本さんは、記念写真ではたいがいわたしの両親から少し離れたところに立って、笑っていました」

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