連載小説:裂けた明日 第7回
2021年6月12日
写真提供:時事
放射線量が高く、立入禁止となったエリアを通ることに真智は不安を示す。しかし、信也にはある切り札があった。
[承前]
奥の納屋から、男がひとり出てきた。
長谷川だ。もうじき古稀だ、と、五月に会ったときに言っていた。キャップに、オーバーオール姿だった。何か手仕事でもしていたのかもしれない。
車を停め、信也は下り立ってあいさつした。
「沖本です。その後どうです?」
相手は、白い歯を見せて近づいてきた。
「変わらないけど、あんたの娘さんか?」
視線は車の助手席に向いている。たぶん後部席の由奈の姿も目に入っていることだろう。
「いや、ちがうんだ。だけど頼みがあって」
「イノシシは、勧めない」
「そっちじゃないんだ。少し土産に食べ物を持ってきた」信也は車を振り返って、目で真智に合図した。下りてくれと。「知り合いの娘さんとそのお孫さんなんだ」
車から下りてきた真智が、男にあいさつした。
「こんにちは。酒井と言います。沖本さんに、無理を言って連れてきてもらいました」
その後ろに由奈が立って、こんにちは、とあいさつした。
記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。