故ラムズフェルド元国防長官の「知らないということさえ知らない」という言葉は、名言なのか迷言なのか (C)AFP=時事

 6月29日に88歳で死去したドナルド・ラムズフェルドは、米中枢同時テロ(9・11)からイラク戦争に至る米国の戦時に国防長官を務めた、どちらかというと嫌われ者の政治家だ。ジョージ・W・ブッシュ大統領に始まり、ディック・チェイニー副大統領、ネオコンのポール・ウルフォウイッツ国防副長官ら、この時の政権幹部は大体において評判が悪い。国際社会の反対を押し切り、根拠薄弱なままイラク戦争を強行し、「イスラム国」の跳梁などその後の中東の混乱を引き起こしたことを考えれば、妥当な見方かもしれない。

 中でもラムズフェルドは、強烈なエゴ、“ラムズフェルド・ルール”と言われる独特の言説、1950年代を思わせる容姿からして、際立つ存在感を放射した。亡くなった際の評伝も「反米勢力を過小評価し、戦略を変えなかった」(『ウォールストリート・ジャーナル』の論説)と厳しい。

 だが、筆者の認識は少し違う。

米国の問題を知悉する男

 ラムズフェルドと最初に会ったのは、2001年3月16日午前9時半だ。私の当時の手帳に記録が残っている。ブッシュ政権が発足しラムズフェルドが国防長官に就任してから2カ月弱、国防総省担当記者数人と親しい懇談をしたいと言って、彼のオフィスに呼んでくれた。

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