連載小説:裂けた明日 第19回

執筆者:佐々木譲2021年9月4日
写真提供:AFP=時事

大宮の民泊で束の間の休息をとり、また移動を始めた信也と真智母娘。共同統治区域へ入る手立てと追っ手の存在が信也を悩ませる。

[承前]

 信也たちは、西武新宿線の東村山駅でいったん下りた。

 真智の仲間たちの手配を封鎖線の外で待つには、そのあとの移動もしやすいターミナル駅とか、それに準じる場所にいるべきだった。信也が考えているのは、JR中央線の吉祥寺駅だ。お昼前に吉祥寺に着いていれば、あとでどんな移動を指示されようと、対処はしやすい。たとえもう一度荒川の東に行くことになるにせよ、川崎方面への移動を指示されることになろうともだ。これが西武新宿線の上井草とか上石神井の駅にいたのでは、かなり不便になる。

 だから真智にも提案した。東村山駅で西武国分寺線に乗り換えて、中央線国分寺駅から吉祥寺駅を目指そうと。真智も納得した。

 そういえば、と信也は思い出す。かつて友人たちのあいだでは、堀内史子は旅行代理店のようだとよくからかわれていた。いや、自分たちは、からかったわけではない。彼女が自分たちの旅行を企画し、すべて手配してしまうそのセンスとスキルにみな感嘆し、称賛してああ言ったのだった。あのころ、史子が友人たちに言っていた旅行の原則の中に、こういうものがあった。不確定要素のある移動のときは、できるだけ早く、目的地近くまで、あるいは目的地へ向かうための移動拠点まで着いておくこと。要するに、目的地への唯一の交通機関の切符が取れない場合でも、駅まで行っておいたほうがいいということだ。

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