連載小説:裂けた明日 第23回

執筆者:佐々木譲2021年10月2日
写真提供:EPA=時事

封鎖線突破に失敗してしまった信也と真智母娘。大宮の路上で知り合った宮下の手配で、もう一度共同統治地域を目指すことにするが……。

[承前]

 JR川崎駅の駅ビルを、北口東へと出た。

 宮下からの新しい指示は、新築工事中の川崎市役所のある側に行けとのことだった。沖本信也は、真智と由奈と一緒にロータリーの外を回り、京浜急行の高架の線路をくぐって、川崎駅の東側に出た。

 沖本信也にとって、川崎のこのあたりも初めての土地だった。昨日から、東京の周辺でありながら、足を下ろしたことのなかった地区をずいぶん回っている。学生時代は、生活圏がほんとうに狭かったのだ。ろくに東京を知らないうちに、自分は卒業して故郷に帰っていた。

 川崎には、宮下に指示された時刻よりも早く着いている。まだ日没前、午後五時を十五分ばかり過ぎたところだ。町並みには、ぽつぽつと照明が灯っている。しかし、川崎の中心部にしては、大宮駅前並みに照明の量が少なく思えた。とくに商業広告の照明が少ない。

 中央分離帯のある大通りの前方に、工事中の高層ビルがある。いや、工事中ではない。クレーンは動いていないし、外壁外側を覆うメッシュシートも、方々がはがれて、垂れ落ちている。きょうの作業が終わったのではなく、もう長いこと工事は中断されたままの様子だ。あれが工事中だという川崎市役所新庁舎なのかもしれなかった。

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