連載小説:裂けた明日 第25回

執筆者:佐々木譲2021年10月16日
写真提供:時事

封鎖線を越えるため、信也と真智母娘は身元を偽わりバスに乗ることに。今度こそ成功するのか、緊張が高まるが――。

[承前]

 バスは、八時五分前にやってきた。いくつかの飯場に向かうバスが、ほぼ同時にやってきたのだ。十五分ほど前には、横浜や浦賀方面行きのプレートをつけたバスも、相次いで六、七台出発していった。信也はなんとなく、寄場に労働者を乗せる車がやってくるのは、早朝だと思い込んでいた。でも、自分たちがいちおう雇われたかたちになっている事業所では、こうして夜に労働者を共同統治地域の外で集めて、地域内に運ぼうとしている。どんな事情があるのだろう。

 いま、ひと集めに躍起の会社では、日中だけではなく、二十四時間通しで作業をしているのかもしれない。あるいは、とにかくどんな時間でもひとを飯場に運びたいほどに人手不足なのか。

 軍事境界線を越えてここまで、世の中は人手不足という印象ではなかった。むしろ市民は仕事探しに懸命なのだと思い込んでいた。建設業も、流通業も、もちろんサービス業も、この内戦下では完全に縮小してしまっている。仕事にあぶれたひとたちは、どんな仕事でもやろうと必死であろうと想像していた。でもたしかに、さほど疲弊の感じられない地域はあったし、大宮のあのテント村のように、闇市ふうの活気を感じるところもあった。景気は、かなり地域差があり、産業の種類によっても分かれるということなのか。

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