中国人歴史家・余英時の死に思うこと

執筆者:樋泉克夫2021年10月29日
第1回唐奨・表彰式の授賞式に臨んだ余英時   ©︎AFP=時事

 

  8月1日、米プリンストン大学構内の自宅で歴史家・思想家の余英時(享年91)が永眠した。

 満州事変の前年に当たる1930年に中国・天津で生まれ、国共内戦末期に香港へ渡り、渡米してハーバード大学に学んだ余は、守備範囲の広さを物語る浩瀚な著作で知られ、国際的にも高い評価を受けてきた。

 研究者・教育者としての生活の大半をアメリカで過ごしていたこともあり、日本では代表作の訳書『中国近世の宗教倫理と商人精神』(森紀子訳、平凡社、1991年)が刊行されているものの、彼の名前を知る者はそう多くはないだろう。

 だが両岸三地――中国、台湾、香港――に関心を持つ日本人なら、彼の言動は軽々に見過ごすわけにはいかない。少なくとも筆者は、そう考える。

 共産党政権成立前後から現在までの70余年を、中国人の中国研究者として生きた彼の振る舞いから、日本人が中国問題を論ずる際に言及することの稀であった《中国世界》における知識人の伝統的な身の処し方を窺い知ることができるように思う。

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