古代史の常識を覆す発見となった纏向遺跡(奈良県桜井市)。民家の向こうには三輪山が見える(筆者撮影)

 これまで、神話は歴史と切り離されてきた。だから史学者は、スサノヲが実在したとは考えず、出雲神話も絵空事とみなした。

 哲学者の梅原猛も、神話の「出雲」は中央政権の創作であり、邪魔な古い神々を都から見て忌むべき方角に流してしまったと推理した。「出雲」という巨大な勢力が存在したわけではないと主張していたのだ(『神々の流竄』集英社文庫)。

 しかし、考古学の発掘調査が進み、弥生時代後期からヤマト建国前後にかけて、出雲には侮れない勢力が実在し、ヤマト建国にも関わっていたことが分かってきたのである。しかもヤマト建国のあと、出雲を中心とする日本海勢力は一気に没落していたことも明らかになり、出雲の国譲り神話でさえ、無視することはできなくなった。だからこそ、スサノヲに注目しているのだ。そして、神話やスサノヲの真実を解き明かすには、ヤマト建国の考古学が役に立つ。しかも、古い常識が次々に覆されているから、目が離せないのだ。

 かつて考えられていたヤマト建国のストーリーは、「九州の強大な勢力が東に移った」というものだった。

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