国際人のための日本古代史 (141)

スサノヲ篇(4)
邪馬台国東遷説はもはや成り立たない――スサノヲの文明論3

執筆者:関裕二 2021年11月21日
タグ: 日本
エリア: アジア
古代史の常識を覆す発見となった纏向遺跡(奈良県桜井市)。民家の向こうには三輪山が見える(筆者撮影)
邪馬台国が東遷してヤマトを建国した――この説は覆されたといってよい。東国の力を得たヤマトが北部九州を制圧したのだ。その理由は、朝鮮半島との「海の道」の確保にあった。

 これまで、神話は歴史と切り離されてきた。だから史学者は、スサノヲが実在したとは考えず、出雲神話も絵空事とみなした。

 哲学者の梅原猛も、神話の「出雲」は中央政権の創作であり、邪魔な古い神々を都から見て忌むべき方角に流してしまったと推理した。「出雲」という巨大な勢力が存在したわけではないと主張していたのだ(『神々の流竄』集英社文庫)。

 しかし、考古学の発掘調査が進み、弥生時代後期からヤマト建国前後にかけて、出雲には侮れない勢力が実在し、ヤマト建国にも関わっていたことが分かってきたのである。しかもヤマト建国のあと、出雲を中心とする日本海勢力は一気に没落していたことも明らかになり、出雲の国譲り神話でさえ、無視することはできなくなった。だからこそ、スサノヲに注目しているのだ。そして、神話やスサノヲの真実を解き明かすには、ヤマト建国の考古学が役に立つ。しかも、古い常識が次々に覆されているから、目が離せないのだ。

カテゴリ: カルチャー 社会
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執筆者プロフィール
関裕二(せきゆうじ) 1959年千葉県生れ。仏教美術に魅せられ日本古代史を研究。武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。著書に『藤原氏の正体』『蘇我氏の正体』『物部氏の正体』、『「死の国」熊野と巡礼の道 古代史謎解き紀行』『「始まりの国」淡路と「陰の王国」大阪 古代史謎解き紀行』『「大乱の都」京都争奪 古代史謎解き紀行』『神武天皇 vs. 卑弥呼 ヤマト建国を推理する』など多数。最新刊は『古代史の正体 縄文から平安まで』。
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