「今週のトランプ」ラウンドアップ
「今週のトランプ」ラウンドアップ (9)

トランプ大統領の発言とアクション(5月8日~5月14日):米中115%関税引き下げは「バースデー・サミット」への布石か

執筆者:安田佐和子 2025年5月16日
エリア: アジア 北米
ひとまずは両者が「勝利」をアピールできる“ウィン‐ウィン”の合意[ベッセント米財務長官(左)と中国の何立峰副首相=2025年5月10日、スイス・ジュネーブ](C)EPA=時事
トランプ大統領と政権キーパーソンから飛び出した1週間分の発言を、ストリート・インサイツ代表取締役・安田佐和子氏がマーケットへの影響を中心に詳細解説。▼ベッセント氏の発言、グリア氏の会談にも注目▼スピード決着への試金石は何か▼米中双方が「勝利」宣言、しかし米の「戦略的な再調整」は続く▼レアアース輸出規制の一時停止は人民元に絡む「返礼」?▼「ひとつの大きく美しい」減税法案に想定される難局▼留意しておきたい「ドル安シナリオ」

 

ベッセント氏の発言、グリア氏の会談にも注目

「名を争う者は朝に於いてし、利を争う者は市に於いてす」――『史記』張儀伝にある言葉は、「名声を求めるならば政治の場で、利益を求めるならば経済の場で争うべき」との考えを示すものだ。ドナルド・トランプ大統領とスコット・ベッセント財務長官は、ニューヨークのウォール街と不動産業界という、一攫千金を狙い海千山千の猛者がしのぎを削る場所で、文字通り利益を追求し成功してきた。そして今、この2人は政治の分野でも、世界を揺り動かしつつある。

 ベッセント氏とジェミソン・グリア米通商代表部(USTR)代表は5月10ー11日、何立峰副首相率いる中国代表団と初めて通商協議を行った。12日には、スイスで会見を開き米中が115%もの大幅な関税引き下げで合意したことを発表。併せてホワイトハウスと中国政府が、共同声明を公表。米中間の緊張緩和につなげた。

 合意の柱は、双方による90日間に及ぶ115%の関税引き下げだ。米国は、4月2日以降に発表した145%の対中関税を30%へ引き下げる。相互関税発表時点での中国への関税率は34%だったが、これを一律関税10%に引き下げつつ、フェンタニル流入阻止を目的とした関税20%を合わせ、30%とする。また、デミニミス・ルール(800ドル以下の小口貨物に対する免税措置)の適用停止を撤回し、関税率を54%まで緩和する(パッケージあたり 100 ドルの均一従量税率は維持)。ただし、自動車や鉄鋼・アルミなど、個別の関税は他国と同様に25%を維持した。

 中国は4月2日以降に発表した米国への関税を10%へ引き下げるとした。加えて、報復措置も一時停止あるいは撤廃する。

 その他、米中は経済・貿易関係に関し協議を継続するメカニズムの構築で合意した。これは、ブッシュ(子)、オバマ両政権での「戦略経済対話」のように、定期的に貿易や経済についての対話を図る枠組みと捉えられよう【チャート1】。

【チャート1:米中の関税引き下げ合意など、主なポイント】

 ベッセント氏は5月12日、CNBCとのインタビューで数週間以内にも再び中国と協議する予定と明かした。15日に韓国で開幕したAPEC(アジア太平洋経済協力会議)貿易相会合では、グリア氏が中国の李成鋼・国際貿易交渉代表と会談を実施。今後の協議へ向けた論点整理だけでなく、首脳会談の道筋に向け準備した可能性がある。

 トランプ氏自身も5月12日に、今週末にも習近平主席と電話会談する意向を示した。一連の動きを踏まえれば、米中首脳会談への布石が打たれたように見える。

スピード決着への試金石は何か

 振り返ればトランプ氏が大統領に就任する前の1月17日、両者は電話会談を行った。中国外交部が公表した声明によれば、両首脳は「互いの交流を重視し、新たな米国政権の下で米中関係が良好なスタートを切ることを望む」との見解を示し、トランプ氏は「習氏との偉大な関係(great relations)を重視している」と述べた上で、早期の会談を期待すると発言したという。

 この発言を受け、翌1月18日には、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙が、関係者の話として、トランプ氏が100日以内の訪中に意欲と報じた。3月10日には、トランプ氏の誕生日が6月14日、習氏の誕生日が6月15日であることから、「バースデー・サミット」が計画されていると報道。3月17日には、トランプ氏自ら「そう遠くない将来」に習氏が訪米する見通しに言及していた。6月15-17日はG7(主要7カ国)首脳会議がカナダのカナナスキスで開催されるため、米中首脳会談が実現するなら習氏が訪米するのが自然だ。

 なお、トランプ1期目では、対中関税が発動した2018年7月から、第1段階の暫定合意に到達した2019年12月まで約1年半を要したが、今回スピード決着となるかは、米中首脳会談の開催が一つの試金石となりそうだ。トランプ1期目も、両首脳は2019年6月に大阪で開催されたG20首脳会議で会談した後、突然の「為替操作国」認定を挟みながら、暫定合意に至った。

【チャート2:向こう1カ月間の主な予定】
出所:各種資料よりストリート・インサイツ作成 拡大画像表示

 米中が90日間にわたる関税の115%引き下げに合意して間もない現時点で、バースデー・サミットへ向け前進したと判断するのは早計かもしれない。しかし、三度の飯よりディールが好きなトランプ氏とウォール街の百戦錬磨のベッセント氏が権謀術数をめぐらせるなら「never say never」、絶対ないとは言い切れないのだ。 

米中双方が「勝利」宣言、しかし米の「戦略的な再調整」は続く

 米中の115%関税引き下げ合意を受け、トランプ大統領は5月12日に「完全なリセット(total reset)」と評価、「中国が市場開放で合意した」と発言した。この「リセット」とは、相互関税前の時点に回帰した状態を指し、ここから交渉が開始するとの意味を込めているのだろう。

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カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
安田佐和子(やすださわこ) ストリート・インサイツ代表取締役、経済アナリスト 世界各国の中銀政策およびマクロ経済担当の為替ライターの経験を経て、2005年からニューヨークに拠点を移し、金融・経済の最前線、ウォール街で取材活動に従事するかたわら、自身のブログ「My Big Apple NY」で現地ならではの情報も配信。2015年に帰国、三井物産戦略研究所にて北米経済担当の研究員、双日総合研究所で米国政治経済や経済安全保障などの上級主任/研究員を経て、株式会社ストリート・インサイツを設立。その他、トレーダムにて為替アンバサダー、計量サステナビリティ学機構にて第三者委員会委員、日本貴金属マーケット協会のフェローを務める。
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