ポーランド「ねじれ政権」の大統領選は「EU」「ウクライナ」「アメリカ」をめぐる分水嶺

執筆者:田口雅弘 2025年5月16日
タグ: EU NATO ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
2023年に誕生したトゥスク政権はEUとの関係を改善したが、その改革にはドゥダ大統領を擁する保守政党「法と正義」が抵抗してきた[左からトゥスク・ポーランド首相、スターマー英首相、ゼレンスキー・ウクライナ大統領、マクロン仏大統領、メルツ独首相=2025年5月10日、ウクライナ・キーウ](C)AFP=時事
ウクライナと国境を接し、欧州有数の軍事力を持つポーランドで、5月18日に大統領選が行われる。現在の首相はリベラル政党出身でフランスとの相互防衛条約に署名したのに対し、大統領はEU懐疑派で米トランプ大統領に近い保守政党出身だ。3位の極右政党の候補者も16%の支持を集めているため、最終的には決選投票にもつれ込む可能性が高い。

 ポーランドの大統領選挙が5月18日に行われる。第1回投票で過半数を獲得できる候補がいなければ(その可能性が極めて高い)、6月1日に上位2名によって決選投票が行われる。事実上、ワルシャワ市長のラファウ・トシャスコフスキ(Rafał Trzaskowski)(市民連合=「市民プラットフォーム」が中心)と歴史家のカロル・ナヴロツキ(Karol Nawrocki)(「法と正義」が支持)の一騎打ちである。この選挙は、ヨーロッパ全般が右傾化する中で、2023年の国会総選挙で勝利したリベラル派「市民プラットフォーム」が大統領の座も獲得し、政権を安定させるかどうかがかかった重要な選挙である。また、誰が大統領になるかによって、対ウクライナ政策にも大きな影響があり、その行方が注目されている。

「法と正義」の現職大統領はリベラル派与党の政策に抵抗

 2023年の総選挙で、リベラル派「市民プラットフォーム」は2015年以来8年間続いた保守派「法と正義」政権を打ち破り、国会で多数派を占めるとともに首相の座を獲得した。しかし、任期5年の大統領は保守派「法と正義」が握ったままで、政権運営にねじれ現象が起きていた。いわゆる「コアビタシオン(大統領と首相が異なる党派に属することを指すフランスの政治用語)」状態である。

ポーランド政治の「ねじれ現象」については以下の記事を参照

 2023年の「市民プラットフォーム」政権誕生以来、ドナルド・トゥスク首相は、公約の実現を精力的に進め、これまで悪化していたEU(欧州連合)との関係も改善させた。結果的に、凍結されていたEUからの資金の一部が解除され、ポーランドへの支援が再開された。しかし、EUが懸念していた司法の独立性、公共メディアの中立性などは改革のテーブルに載ったものの、憲法裁判所などが依然として前政権の影響下にあるため、改革ははかなか進んでいない(憲法裁判所判事の任命権は大統領にある)。中絶規制の緩和に対しても現職アンジェイ・ドゥダ大統領(「法と正義」)の抵抗が強く(大統領には法律への署名権と拒否権がある)、さらには連立政権内からの少なからぬ抵抗もあった。EU寄りの「グリーン・ディール」政策については、EU懐疑派の大統領に加え産業界や農民団体の抵抗もあって、法改正が進んでいない。

 このねじれ現象を解決するためには、「市民プラットフォーム」が2024年の地方選挙、そして2025年の大統領選挙に勝利する必要があった。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
田口雅弘(たぐちまさひろ) 環太平洋大学経済経営学部教授、岡山大学名誉教授。専門は、現代ポーランド経済史、ポーランド経済政策論。ワルシャワ中央計画統計大学(SGPiS)経済学修士学位取得卒業、京都大学大学院経済学研究科博士課程後期単位取得退学(京都大学博士)。岡山大学学術研究院社会文化科学学域教授、ワルシャワ経済大学世界経済研究所教授、ハーバード大学ヨーロッパ研究センター(CES)客員研究員、ポーランド科学アカデミー(PAN)客員教授等を歴任。1956年生まれ。主要著書:『ポーランド体制転換論  システム崩壊と生成の政治経済学』(御茶の水書房、2005年)、『現代ポーランド経済発展論 成長と危機の政治経済学』(岡山大学経済学部、2013年)、『第三共和国の誕生 ポーランドの体制転換一九八九年』(群像社、2020年)
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