総選挙を目前に苦悩するポーランド(後編)|ポピュリズム拡大の背景にある国民の「不安」

執筆者:田口雅弘 2023年10月3日
エリア: ヨーロッパ
野党「市民プラットフォーム」が呼びかけた歴史上最大のデモ「100万の心の行進」で集まった市民を前に挨拶するドナルド・トゥスク元首相[10月1日、首都ワルシャワにて](C)AFP=時事
冷戦末期以来、東欧の民主化をリードしてきたポーランド。近年は保守・ポピュリスト政党が政権を握るが、国内世論は二分されており、来たる総選挙では野党連合による逆転の可能性も残されている。いずれの政党も単独過半数を取る見込みはなく、連立政権の組み合わせが焦点となる中、同時に行われる国民投票には、国民の不安感を煽ることで巻き返しを図る政府・与党の思惑が透ける。

 2023年10月15日に行われるポーランドの総選挙を前に、選挙戦は混迷の様相を呈してきた。2015年以降、長期にわたって保守・ポピュリスト政党の「法と正義」(PiS)が、民主・自由主義政党の「市民プラットフォーム」(PO)を抑えて大統領と首相のポストを掌握してきたが、今回は苦戦を強いられている。

 そもそも、1989年の体制転換以降、東欧の民主化運動と自由化・体制転換を主導してきたポーランドが、近年になってなぜ保守・ポピュリスト政党に政権を委ねているのか。そして、現在のポーランドは、何を争点に選挙戦を闘っているのか。後編では、対立の政治的、社会的背景を繙きながら、ポーランド人の苦悩を読み解く。

民主化過程における保守勢力の台頭

 ポーランドは、1980年代の「連帯」運動、1990年代の体制転換期を通じて、常に東欧民主化運動の先頭を走ってきた。一時は民主・自由主義政党の「市民プラットフォーム」が圧倒的優勢を維持し、2007〜2014年の間首相を務めたドナルド・トゥスクは、国民の熱い支持を集めていた。トゥスクは、体制転換当時の自由主義政党結党に参加しており、中道政党・「市民プラットフォーム」が立ち上げられた時(2001年)、発起人の一人になっている。2003~2014年には、同党の党首も務めている。ポーランド首相(2007~2014年)、欧州理事会議長(2014~2019年)、欧州人民党(EPP)議長(2019–2022)を経て、2021年からは再び「市民プラットフォーム」の党首に返り咲いた。

 トゥスクが首相を務めていた当時は、民主・自由主義の流れが定着するかに見えていたが、農村を中心に当時3割程度の支持を集めていた「法と正義」が、2015年からは支持を4割程度に伸ばし、2015年以来国会選挙、大統領選挙、地方選挙のいずれでも勝ち続けている。もっとも、大統領選に象徴されるように、辛勝のケースも多く、国内は二分されているといったほうがいいだろう。

「市民プラットフォーム」は、穏健的自由主義を標榜する中道右派政党で、都市の高学歴層、金融・産業界の支持を集めていた。欧州議会では中道右派の欧州人民党に所属している。トゥスクが党の顔であったが、彼がEU(欧州連合)大統領(欧州理事会議長)に就任してからは、党を牽引するカリスマ的な代表が不在であった。

 一方、「法と正義」は双子のカチンスキ兄弟(弟のレフ・カチンスキは、大統領在任中の2010年の航空機事故で死亡)を中心としたカトリック右派・EU懐疑派の保守政党で、主に南東部の農民、低学歴層、高齢者層を支持基盤としていた。「市民プラットフォーム」が都市の発展を軸とした成長戦略を掲げるのに対し、「法と正義」は発展から取り残されることを危惧する弱者の不満をすくい上げていた。欧州議会では欧州懐疑主義の欧州保守改革グループに所属している。

「法と正義」の前身は、反共産主義・キリスト教民主主義政党の「中央同盟」(PC)で、一定の勢力はあったものの、1990年代は新しい社会作りの主流にはなれなかった。しかし、2000年代に入って、レフ・カチンスキを中心に「法と正義」として組織を再編すると、農村を中心に支持を伸ばし、一時大統領と首相のポストを握る。その後、連立の失敗もあり2007年以降「市民プラットフォーム」に政権を明け渡すが、2015年に「法と正義」が再び政権を取り、勢いを回復する。

 この2015年は、中東から欧州に多数の移民・難民が流れ込み、その受入分担をめぐってEU内で対立が生まれた年であった。ハンガリーの政権はこの問題を契機に、ポピュリスト的性格を強めていく。ハンガリー出身で自由主義・EU統合促進派の著名投資家ジョージ・ソロスも、反エスタブリッシュメントの標的にされた。ポーランドでは、「法と正義」が脱共産主義を鮮明に打ち出し、旧体制の生き残りの徹底した排除を推進した。また、レフ・カチンスキ大統領がスモレンスク(ロシア)での航空機事故で死去した事件をロシアによる陰謀だとして、国民の潜在的な反ロシア感情を煽った。さらに、EUを批判して、ポーランドの国益を前面に据える立場をとった。敵を仕立てることにより国民の結束を図り、自分たちが新しい時代の指導者であることを印象付ける一方、これに賛同しない者は糾弾の対象とする典型的なポピュリスト戦略であった。

「法と正義」政権の功罪

 こうした扇動的な戦略は、以前は都市部ではあまり有効ではなかった。しかし、2015年の大統領選挙では、従来「市民プラットフォーム」の支持層であった多くの都市住民、若者が「法と正義」に投票した。2002年の労働法改正で雇用形態が緩和されて、非正規雇用が急速に増加したことが若者の生活を圧迫し、若者の間で不満が鬱積していた。また、「市民プラットフォーム」のEU寄り政策に伴う産業構造の変化や競争の激化で自分は取り残されるのではと感じた弱者の不安もあった。そこに中東から大量の移民・難民が流れ込んでくるという懸念が高まると、国民の不安は極度に高まった。「法と正義」は、ハンガリーなどに入り込んだ中東の移民・難民が、線路脇にパスポートなどの身分証明書を捨てている映像をメディアで繰り返し流しながら、「得体の知れない人々」、異文化・異宗教のイスラム系難民が大量に流れ込むという恐怖心を国民に植え付け、さらにそれを「ポーランドを守らなければいけない」という一般論にすり替えた。ポーランド国民のうち94%はカトリック信者であり、ムスリムは人口の0.1%に過ぎないため、こうした宣伝は一般のポーランド人には容易く浸透した。カトリック教会も、こうしたレトリックを後押しした。

「法と正義」が政権につくと、2016年に政府は「家族500+」を開始した。これは、子供のある家庭に第2子から(低所得者層は第1子から)毎月500ズウォティ(約1万7000円)を支給するというもので、低所得者層にとっては救いであった。現在は、低所得者層に限らず第1子から18歳以下の子供1人につき500ズウォティが支給されている。手取りが月額3000ズウォティ(約10万円)程度の低所得者層にとっては、子供が数人いる場合、「家族500+」は生命線である。また、定年引き上げの棚上げ、最低賃金の引き上げ、農民への補助金増額、高齢者の医療無料化など、政府支援を拡大した。人気獲得のためのバラマキ政策との批判もあるが、弱者対策で結果を出せなかった「市民プラットフォーム」よりははるかに国民受けが良かった。

 それまで、都市と農村、若者と高齢者、高学歴者層と低学歴者層、西部と東部と支持層は比較的明確に分かれていたが、都市部、若者、高学歴層の中でも「法と正義」の支持者は拡大し、時には家族の食卓でも支持が分かれて言い争いになるほど、さまざまな層に「法と正義」は浸透した。この戦略を展開する手段として、農村で習慣的に視聴されている公共テレビ放送局TVP、カトリック系のラジオ局ラジオ・マリアなどが利用され、露骨な宣伝活動が行われた。昔からTVP、ラジオ・マリアに慣れ親しんでいる農村の中高年者に対しては、この効果は絶大であった。

 2010年代後半になってくると、「法と正義」のポピュリスト政策は次第に排他的になってくる。憲法裁判所の裁判官任命で「市民プラットフォーム」寄りの裁判官の就任を拒否し、EUからも警告を受けた。また、マスコミへの介入を強め、政権批判者の排除を強行しようとした。農民への財政支援は強める一方、リベラルな「市民プラットフォーム」の支持者が多い学校教員の賃上げは頑として認めなかった。さらに、人工中絶反対、LGBT(性的少数者)排除の方針を打ち出し、排他的立場をさらに強めた。また、2022年には、ポーランド政府は第2次世界大戦中のナチス・ドイツの侵攻と占領による被害に対して、ドイツに約6兆2000億ズウォティ(約212兆円)の損害賠償を求める方針を決定した。ドイツ政府は賠償問題は解決済みという姿勢を変えていないが、ロシアのウクライナ侵略戦争の最中、ポーランド政府はドイツとの摩擦も辞さない姿勢を続けている。

ウクライナ穀物流入に対する農民の不満に焦り

 来たる総選挙では、どの政党も単独で過半数を獲得する勢いはない。それぞれ選挙協力して連立政権樹立を目指している。現在、「法と正義」は「統一右派」(ZP)として選挙戦を闘っており、どの世論調査でも支持率33〜39%とリードを保っている(2019年選挙では「法と正義」単独で43.59%を獲得)。「市民プラットフォーム」は「市民連合」(KO)としてアグロユニオンなどと共闘しており、支持率は25〜30%程度である(2019年選挙では「市民連合」として27.40%を獲得)。このほか、「第三の道」(ポーランド農民党+ポーランド2050)、「左派」、極右政党の「連合」がそれぞれ10%前後の支持を獲得している。したがって、どのような連立が組まれるかがカギになってくる。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
田口雅弘(たぐちまさひろ) 環太平洋大学経済経営学部教授、岡山大学名誉教授。専門は、現代ポーランド経済史、ポーランド経済政策論。ワルシャワ中央計画統計大学(SGPiS)経済学修士学位取得卒業、京都大学大学院経済学研究科博士課程後期単位取得退学(京都大学博士)。岡山大学学術研究院社会文化科学学域教授、ワルシャワ経済大学世界経済研究所教授、ハーバード大学ヨーロッパ研究センター(CES)客員研究員、ポーランド科学アカデミー(PAN)客員教授等を歴任。1956年生まれ。主要著書:『ポーランド体制転換論  システム崩壊と生成の政治経済学』(御茶の水書房、2005年)、『現代ポーランド経済発展論 成長と危機の政治経済学』(岡山大学経済学部、2013年)、『第三共和国の誕生 ポーランドの体制転換一九八九年』(群像社、2020年)
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